ネタバレ
一日一手塚

人間を改造することで野生生物の絶滅を防ごうとする「ザムザ復活」、悪魔が人類を救済しようとする「すべていつわりの家」など今読んでも示唆深い、変身をテーマとした作品が7作読めます。
例によって洞察の鋭さに唸らされるばかりですが、2020年の今取り上げるべきは「べんけいと牛若」でしょうか。

中学生の「べんけい」は厳つい見た目とガタイの良さから腕自慢の乱暴者と思われています。実際には彼はかわいいものが大好きな心優しい少年で、将来の夢は女の子が憧れるような服を作るファッションデザイナーになること。
素敵な夢ですが「笑われちゃう」という理由で周囲には明かしていません。こんなにゴツい自分が…というコンプレックスがあるのです。

そんな彼に小柄な少年「牛若」が決闘を挑んできます。牛若は牛若で自身の体格(特に男性の象徴)に自信を持てずにいて、過剰に「男らしさ」を手に入れることに執心しています。彼からすれば「べんけいは自分にないものを持っているのにナヨナヨしやがって」という苛立ちがあるのです。

それぞれ「男らしさ」的なものにわずらわされていることに気付き、スタンスは違えど共感するふたりですが、べんけいは依然「自分の体をぶっつぶして変身したい」ほどの苦悩を味わっています。
ところがその「体」がなければ解決できない事件に遭遇し、かれの心と体にもある変化が起きることに。過保護な母親から独り立ちしようとしたり、ほのかな恋心をいだいたり、髭が生えたり…べんけいが段々と「男」に近づいていくのが終盤の展開です。

ここで頭をもたげるのが前半、手塚自身がナレーションでべんけいの嗜好のことを「かくれた弱さ」と表現していたこと。もしかするとべんけいの「夢」もこのまま消えていってしまうのかもしれない…。
そんな一抹の不安を抱えながらページを繰っていくことになるのですが、結末はグッときます。

お互いのヒゲを見せあっていた牛若が「女の服なんか かいてちゃおかしいな」とべんけいをからかうのですが、同じく髭面のべんけいは力強く叫び返します。

「おれァファッションデザイナーになるんじゃ 何がわるい」

あれだけ自分の体を嫌っていたべんけいが、それを受け入れて自分の夢を高らかに宣言するのです。
これまでで一番堂々とした歩き方をしているべんけいが「どんなおとなに変身するか」期待を膨らませながら読み終えることができました。

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