江戸は浅草・竜泉寺裏。下っ引の佐武(さぶ)と、その相棒で盲目の居合い斬りの達人・市(いち)との名コンビによる、名作大江戸捕り物絵巻。初期、「少年サンデー」に不定期連載された、シリーズ名『縄と石』時代の少年向けバージョンを収録した第1巻。後の青年向け版に比べ、アクションが痛快な全7編と、朝日ソノラマのソノシート版も収録!小学館漫画賞受賞、アニメ化、テレビドラマ化、小説化も果たした大人気シリーズ!!
アコは、横浜の街から少し離れた丘の上のお屋敷に、映画スターのママとおにいちゃんとばあやの四人で住んでいました。ある日アコたちが留守番をしていると、見たことのないカナリアがアコの部屋におりました。窓も扉も閉まった部屋にどうやって入ったのか不思議に思いますが、アコはこのカナリアを飼うことにします。しかしこの日から屋敷には幽霊が出るようになり……?他、蝋人形館で起こる事件を描いた『ガラスの目』を収録。
トウキョウ電機会社の黒井重役は、会社を乗っ取るために社長を騙して、社長夫人をスパイに仕立て上げ監禁する。その時捨てられた幼い愛娘のアコは、とある女性に拾われるが、ひょんなことから宝の地図を託されることになる。行方知れずの夫人とアコちゃんを捜そうと、夫人の兄妹が大阪から上京するが、黒井の配下や、アコの地図を狙う組織に邪魔され、事件は複雑に絡まってゆく……。
ユミの自慢の姉の洋子は、バレエ団の公演で白鳥の湖の主役に決まる。しかし公演目前になると妙な脅迫状が届き、従わなかった洋子はその脅迫通りに白鳥にされてしまう!バレエの名作、「白鳥の湖」をモチーフにしたSFミステリー!他、毎日会うごとに成長する不思議な少女と健二の物語『きのうはもうこないだがあすもまた…』。吹雪の山荘に倒れるようにして現れた少女『金色の目の少女』。全3編を収録。
さらわれたってなんのその!女の子は強し!?表題作『おてんばバンザイ』の他、余命一か月の宣告に、ダメ美術教師が思い切ってやりたいように挑戦する姿を描く『ガタコン教室』。石森先生に教わるマンガの描き方『まんがスクール』『MYフレンド』。名作を石森風に『ごいっしょに白鳥のみずうみをききません?』『赤ずきんちゃん』『新メイ作童話赤ずきんちゃん』。ホラーマンガ『銀色の目』など全13編を収録。
ほのぼのでかわいい4コマ漫画『シアワセくん』、世界核戦争への警鐘を鳴らす『指令Z』、巨大な鹿との格闘を描いた『しばり首の木』、学園ドラマ『ゴリラがいく』、東西ベルリンのスパイ物語『脱出』──。全く違ったジャンルの5つの物語が同じ時間軸で並行する、石ノ森章太郎の実験的漫画作品!!表題作他、近東の小国で超能力部隊が活躍する『エスパーK』、田舎町での怪奇現象と超能力者が苦悩する『狂犬』の全3話を収録!
富士山に不時着した米軍のB52超重爆撃機から、何者かによって水爆が盗まれ、何処かへと隠された!中学生・城丸健二の兄・一郎は、国連の秘密捜査機関のシークレットマンで、この事件を追っているうちに殺される。兄の跡を継いだ健二は、事件の黒幕である武器商人・犬山剛三の本拠地に乗り込むが、水爆は米軍の空軍大佐によって持ち去られてしまい……!?表題作の他、アクション短編2編を同時収録。
龍神祭りを見物するために小さな山村を訪れた研一は、沼で不思議な少女に出会った。白い着物姿の少女に心を奪われるが、村人は誰もその少女を知らず……。その晩、村に不審火が放たれた!それは龍神の祟りなのか!?映画的手法を取り入れて描かれ、後世の漫画家に大きな衝撃を与えた傑作!!1957年発表の表題作の原作『龍神沼』、『きりとばらとほしと』『千の目をもっている』など、初期少女漫画の秀作が満載!
ダブル6(六村6兵衛)、マリッペ(山田マリ子)、カミソリ(大文字清)、リス(林カン太郎)、ゴリラ(佐川ミヤ)の5人組は、なにかと事件に巻き込まれる高校生。仲間のリスが警察に捕まったという一報が届く。覆面三人組の強盗現場にリスの定期入れが落ちていたのだ。果たして彼らは仲間を救い出せるのか?そして物語は、幼なじみである6兵衛とマリッペの恋模様へ……!?明るく爽やかな青春サスペンスコメディの名作。
ニックネームが「ダッシュ君」の本当の名前は、速夫。お母さんはいなくて、サンデー・ニュース社の事件記者であるお父さんと2人暮らしだ。自分も事件記者になりたくて、警視庁の記者クラブにいるお父さんを訪ねた時、特ダネを見つけて大手柄。その時にダッシュ(突進)のあだ名をもらって、憧れの事件記者の仲間入りを果たす。毎日、どこかで起きる様々な事件を追って大活躍のダッシュ君。特ダネもあるけど、たまに失敗も……!?
何者かに特殊能力を授けられた三人の少年が怪事件に挑む!!────学校帰りに古い洋館で昼寝した三人の少年が、家に帰ると一週間が経っていた!洋館に調査に向かった三人だが、そこには殺害現場を目撃されたと勘違いした犯人たちがいて…‥!?襲撃に驚きつつも、特殊能力に目覚める三人。竜二は変身、七夫は予知能力、五郎は怪力────。三人が特殊能力を与えられた事を知る、団刑事と共に、我ら「怪人同盟」が謎を解く!
大昔の地球には、人間と魔物、二つの種族が住んでいた。長い間、種族間の争いが続いていたが、ある時、両種族の話し合いによる円満休戦という形で争いに終止符が打たれた。そして、地球の約3分の1を削って「月」を造り、「魔物」たちは月に移り住むことに。だが、再び長い時が経ち、不平分子が現われ……!?(『奇人クラブ』)合成人間、吸血鬼、墓から出歩く死体……。表題作の他、怪奇と哀切と謎に満ちた全7編を収録!
孤児として育った青年・ジュンは、ある日突然、莫大な遺産と共に、父の遺志を継ぐことになる。それは「ブルーゾーン」と呼ばれる超自然界の研究だった。両親はブルーゾーンの魔手からジュンを守るべく、彼を孤児として育てさせたのだ。屋敷のじいの導きにより、研究を始めたジュンに、奇怪な事件が次々降りかかる。魂、エクトプラズム、心霊写真、そして異次元からの侵略者……。科学と超常現象との狭間で、ジュンの戦いが始まる!
超常能力に目覚めた少年・サブの孤独と悲哀…。太古、人間は言葉の代わりに心と心で話す精神感応力を持っていた。言語能力の発達に従い、退化したはずの能力が甦る……!?一人の少女からの輸血をきっかけに、超能力が覚醒した少年、ミュータント・サブ、誕生!!石ノ森の超能力SFものの中でも代表作と言われ、『サイボーグ009』と共に1966年の講談社児童漫画賞を受賞した異能のヒーロー短編シリーズ、ここに開幕!
江戸時代は遥かに自由な時代だった。下手人は指紋やDNA、目に見えない血痕や油脂、デジタルデータのような生理的、物理的な物証からすら自由だった、取りも直さず、犯行の証拠の所在は現代に比べると(拷問などは有れど)ずっと内心の自由に委ねられていた。 そして、その自由は放置と表裏一体だった。『佐武と市捕物控』に於いては多くの身障者、精神的な苦悩を抱えた下手人が出てくるが、彼らが福祉や行政に救われる事は殆ど無く、それ故に犯罪に追い込まれる様が一種同情するように描かれている。殺人者らの境遇は人間の業に纏わる必然として江戸の花鳥風月と混然一体と物として映る。 然し、主人公の一人、(松の)市はそのような状況における盲人でありながら剣技、頭脳、人柄、どれをとっても申し分無い傑物として終始活躍し続けている、ある意味迫害や無理解により憎悪と貧窮を募らせ零落するという「自然」に逆らうような人物だ。では、何故他の犯罪者と違って市は差別する社会に対する憎しみなどを乗り越え、あれほどの人物と成れたのか。 この答えは市の心理を追った一遍「刻の祭り」にあるように思える。詰り、粗筋の紹介はここでは省くが、残虐な盗賊として集う身体障碍者に対する叱咤「盗みや人殺しが悪いことじゃない……?笑わせるな!!(中略)あたしだって…、目が見えないことを、笑われたことは何度もある。そりゃあその時はくやしい そいつも盲人にしてやりたいとも思った。し、しかし、…いちいちそんなことをしていたら……、世のなかに五体満足はいなくなっちまう……。苦しむのはあたしたちだけでたくさんだ」に隠されてる。 ここで市は率直に世の中への憎悪を語る。しかるに、その憎悪の炎を自然生成され、自然に他人を傷つけるべき物と彼は捉えていない。即ち、それが自然である以上に「盗みや人殺しはどんな場合でも正義にはなり得ない」と言う社会の掟こそを優先すべきと見做している節があり、それで己を律する事で憎悪の炎と向き合わせる。 そしてその格率が彼の憎悪のはけ口に単なる暴力や略奪ではないより高度な技法や思想に彼を追いやっている、それが市の人格の秘密である(余談であるが、このような精神のプロセスをフロイトは防衛機制の内の昇華と定義した)。これはある意味では精神の枷であるが、昇華により市の身心は飛躍し、憎悪と貧窮と言う自然の漆喰から自由になる事が許されたと言う側面もある、パラドキシカルな物言いだが、人を憎まないと言う倫理的な枷が寧ろ彼を自然のままの運命から解き放ったのだろう。 私はそこに「自由主義者」石ノ森章太郎の姿を見た。彼は、どの作品でも身体の桎梏を抱えながらも自由を希求する主人公を何度も描いてきた。そして彼にとって自由は単に与えられる物ではない、寧ろ人間を縛っているのは環境が影響することは有れその人間の憎悪や強迫観念であり、自由はそれとの内なる煩悶の繰り返しでしかないと言う事を、石ノ森は描いてきたのだ。 然し、それは何処までも己で闘い勝ち取ると言う世界観の称揚な以上、ややもすると現代的な福祉への批判に結び付きかねない。実際『仮面ライダー』では国家と言う概念≒ショッカーと言う公式がこそがライダーより弱者を生存させ得たかもしれないと言うアイロニーで幕を閉じている。そのような描写は常に存在し、『仮面ライダーBlack』でそれは極北に達した。その作品はゴルゴムと言う無形で無限大の、グロテスクなオカルトとナーバスな陰謀論の沼にヒーローを引きずり込んでいった。そこにある種の苛烈さを見出さない事は許されない。 上記を踏まえて幾らか不謹慎な発想をするならば、石ノ森の自由主義は戦後日本のリベラルを超えて、どこか今のシリコンバレーの大物に通底するより徹底した自由主義と一脈通じているのではないか?石ノ森章太郎が政府の調整効果を強く敵視していた訳はないだろうが、作品に於いてはそれに近い不信感や抵抗が見られない事の方がむしろ少ないように感じられる。それは市のような確固とした自己を形作るが、同時に『仮面ライダーBlack』の魔王のような存在に人を変えかねない。そのような可能性の光と影が石ノ森の作品には渦巻いており、その二元論的な世界観が彼の作品の基調となっている部分もあるように思える。尤も、単なる自由主義的なヒーロー像だけでは彼の作品が今でも注目を浴びることは無かっただろう、そのような自由の希求と危惧の狭間でそれでも善を求めて戦い、己を擲つ事さえ時には厭わずが欲を否定せず認める、そのストイックさがあって初めてヒーローが暴力的なイデオロギーの奴隷の身分から解放されること事を石ノ森は知っていた筈だ。 そぞろな文章を長々と書いたが、江戸に仮託した人間の自然状態からの脱却による自由を希求した『佐武と市捕物控』は正しくその自由の希求により確かに石ノ森章太郎的なのだと繰り返してこのレビューを閉じさせていただく。 余談: ・実際読んだのは90年代に出た小学館文庫版と笠倉から出た『縄と石捕物控』の文庫版だ。文庫をかなり探し回り、最終的に通販を使った都合上こっちの方が入手自体は簡単だと鑑み、このバージョンでレビューさせてもらった ・『佐武と市捕物控』に関しては、夏目房之介の文章(「『佐武と市捕物控』―青年マンガの革命児」-『別冊NHK 100分de名著 果てしなき石ノ森章太郎』収録)が大変すばらしかったので一読をお勧めします。正直、「刻の祭り」に着目したのは夏目に倣ったからです。私は同じ主題の描かれた珠玉の掌編として「北風のみち」もおすすめします。 ・このレビューのタイトルは吉田拓郎の『今日までそして明日から』の一節のパロディですが、今気に入ってると言うだけで、大した意味は無いです