影絵が趣味
影絵が趣味
1年以上前
単行本デビュー作『家族のそれから』いらい、泣虫弱虫な人物を主人公に据えて、そんな人物像をなぞるかのように、奇妙な頼りなさで泳ぐ線画と、それに似合ってどこか芯の一本抜けてしまったように狂いがちのデッサン、こんな造形ではたして人間は直立することが出来るのだろうか、それこそマウンドでおおきく振りかぶり一本足になった途端にでも崩れ落ちてしまいそうな。 ひぐちアサの漫画はすべてこうした絵までを巻き込んだマイナス的な要素からスタートしているように思われる。と、そんなことを改まって書くまでもなく、漫画をはじめとした大体の物語なるものは何か欠如的なものがあるという認識からはじまり、その欠如的な何かを乗り越えるなり克服するなり、そんなような方向性に向かうこと必定である。では三橋くんはどうなのかというと、まず野球的な要素にだけ絞っていえば、初っ端からけっこう凄い能力をもった投手であることが明かされる。九分割のコントロールに、何よりもクセ球の真っ直ぐ。そして、このクセ球の真っ直ぐの原理も早々に説明される。いわく、打者というのは現実にボールを見ているのではなく、ある程度の経験と予測でもってボールの来るであろう位置をはかり、それでバットを振っていると。つまり別の言葉でいえば、打者はストレートという名のあらかじめ刷り込まれた定型の文脈、物語を読んでいるだけで、けっして現実をしかと見ているわけではないと。事実、三橋くんはそんなふうにして中学時代にはダメピー扱いを受けていたのである。中学時代のチームメイトは現実の投手三橋を見ていたのではなく、球の遅いピッチャーという物語を読んでいたにすぎなかったのである。 さて、この物語を読むばかりに現実を見誤ってしまう目の錯覚、これは私たち漫画読者にも当てはまりはしないか。読むという行為は時と場合によっては自分にとって都合のよい解釈にしかならないし、まさしく打者が三橋くんの真っ直ぐを打ち上げてしまうように紋切型の煽情的な物語に目くらましをされていることだって大いにあり得ることだと思う。『おおきく振りかぶって』のひぐちアサはそのことに始めから自覚的だったのではないか。この漫画はある欠如を克服する方向に持っていくという定型の物語を、目の錯覚という現実を介して、いきなり短所から長所に逆転させてしまうことからはじまり、長短でも、高低でも、正負でも、そういったいかにもありそうな物語的な対立を、けっして向かい合わせるのではなく、すべてみんなでいっせいに前を向いていこうする、それに対応する否定的な要素がみられないほどの断固たる肯定的な姿勢で乗り越えていく。その肯定的な姿勢とは、ありそうな物語を読むのではなく、しかと現実を直視しようとする試みに他ならない。三橋はあくまでも弱虫泣虫のままそれでもマウンドに立ち続けるし、田島は背が伸びないなりにそれでも工夫をし続けるし、花井は持前の勝負弱さを抱えながらそれでも強気な気持ちで打席に立ち続ける。マイナスがありプラスがあるなんて図式におさまらない、マイナスもプラスもいっしょになっていっせいに前を向こうとしている。『おおきく振りかぶって』がとても感動的なのは、ある種の物語的な感動から自由になったこの肯定の姿勢、この健気さ、この懸命さに尽きると思う。そして選手たちが正も負もないまぜにいっせいに前を向こうとしているとき、ふしぎと、そんなパワーに勢い押されているのか、狂いがちであったデッサンが芯の通ったもののように見えるのである。
マンバ
マンバ
1年以上前
2018年10月17日(水)、渋谷マンガサロン『トリガー』にて 「マンバ読書会 〜知られざるコンビニコミックの世界〜」が開催されました。 https://peatix.com/event/442441 単行本未収録作品が掲載されているもの コンビニコミックでしか単行本化されていないもの 貴重な作者や関係者のインタビュー・コラムやデータが載っているもの コンビニコミックから生まれた名作 虚実入り混じった実話系マンガ 出版社の垣根を越えたコラボ 時事を感じさせる広告 などなど…… コンビニコミックならではのコアな魅力を語り合うべく、様々な作品が持ち寄られました。 「こんなイベント二度と開催されないのではないだろうか」 「あまりにテーマが特殊すぎてお客さんは来るのだろうか?」 などの懸念もありましたが、蓋を開けてみればとても熱く濃いイベントとなりました。 ![写真(1)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16066/bc76723c-9b40-4ab0-8176-c2c6442f9e2c.jpg "") うずたかく積み上げられたコンビニコミックタワー! 明らかに今までの読書会史上でも最多の量を持ち込まれた方も。 ニッチなテーマなだけに、参加者一人一人の熱量が非常に高かったです。 ![写真(2)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16069/247abe8e-7514-40ec-8105-fd99871e28ea.jpg "") 最初に参加者同士で簡単な自己紹介を行った後は、本を持ち込んだ参加者が それぞれの作品について説明するプレゼンタイム。 非常に興味深い話が沢山登場しました。 ![写真(3)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16070/ce8343f7-7652-4175-9d8e-6cedb9bbefcf.jpg "") この時プレゼンされていたのは 『吼えろペン』。 サンデーGXコミック版とは全く違うボツになった最終回が こちらのコンビニコミック版にだけ収録されており、 島本和彦ファンの方は必見です。 ![写真(4)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16071/e562132d-dc2c-45b4-927e-4d1303953156.jpg "") 現場にない本についても、適宜プロジェクターに投影して補足されながら 終始和やかなムードで進行しました。 普段は全く耳にしないような情報が次々と飛び出てきて、完全な聴衆として 遊びに来た方の満足度も高い内容でした。 プレゼンタイムの後は、一時間ほどの読書タイム。 話された作品を読んだり、またそれについて語り合ったりしていました。 この日、話題になった作品をいくつか紹介します。     ----   『ねこだのみ』 少年画報社の『ねこぱんち』で有名な、猫まんがアンソロジーの小学館版。 それだけ聞くと「パクりではないのか?」と思ってしまいそうですが、中を見ると 萩尾望都、雁屋哲、谷口ジロー、高橋留美子といった錚々たる面子。 神保町のにゃんこ堂(猫書籍専門店)で入手したとか。     『ぱんだぱんち 福々』 ![写真(5)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16072/10077536-04ed-4894-96b6-e7c48fdf33ac.jpg "") 『ねこぱんち』のパンダ版で、パンダマンガばかりが載っており懸賞ページの景品もパンダ一色。 始まった瞬間にパンダが死んだ話が話題に…。 作家陣の中で特筆すべきは角光先生。 かつて少年チャンピオンで「パンダのこ」というマンガを描いていた筋金入りのパンダ好きだそうです。 現在は『BEASTARS』のお手伝いをされているそうで、パンダキャラのゴウヒンさんは角先生が描いているのでは?というお話がありました。     『まるごとあさりちゃん』 ![写真(6)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16073/c73837fa-ea40-488f-8d10-0d4e32ac7648.jpg "") 全表紙を並べた巻頭のおまけページが素敵な1冊。 単行本未収録の第1話が載っていて非常に貴重だったのですが、 最近電子書籍で読めるようになってしまったそうです。     『解体屋ゲン』 ![写真(7)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16074/b36d7980-bb35-4af6-946d-c0423b949898.jpg "") 「解体屋」と書いて「こわしや」と読む本作。 内容としては土建業者版『こち亀』。500話以上描かれながら、 単行本一冊とコンビニコミック二冊しか出ていなかったものの 最近ようやく電子書籍化が本格化してきた知る人ぞ知る名作です。     『映画原作ドラえもん大全集』 ![写真(8)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16082/506aa2d4-d0d4-404a-9f97-773d8fcc64e9.jpg "") 今回持ち込まれた中でも、最厚の1000ページ超えのコンビニコミック。 『ドラえもん のび太の恐竜』から『ドラビアンナイト』まで、 11編の『大長編ドラえもん』シリーズ+『ぼく桃太郎のなんなのさ』を収録。 当時の映画ポスターなどのカラー資料も貴重な一冊です。     『コアコミックス あなたの知らない闇世界』 ![写真(9)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16081/ac30d0f9-3d10-487a-984c-6ad1c3974089.jpg "") なぜか板垣恵介先生が表紙を手がけているアウトロー系作品。 空間が歪みそうな圧を表紙から感じます。 裏社会系マンガもコンビニコミックの特徴。あるシリーズを コンプリートしているという方もいました。     『ブルース・リー物語』『与沢翼物語ー平成の肉食主義ー』 ![写真(10)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16077/12c872dc-e65e-44aa-b178-f5fc55138c79.jpg "") 「この二冊が並べられるイベントなんてここだけだ!」 という、今回のイベントの特異性を如実に示す二冊の並び。 読んだ方によれば、内容としてはどちらも非常に面白かったとのことです。       『バカ潜入!』 ![写真(11)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16080/486891cd-7ba1-4a1a-9af7-592868cba434.jpg "") 現在『バスタブに乗った兄弟~地球水没記~』を連載中の櫻井稔文先生の 以前の名義で描かれた、体を張りすぎたルポマンガ。 風俗店の体験ルポに始まりホームレスとの飲み会や宗教施設への潜入など、 大手ではなかなかできないハードな内容で、現在はプレミアがついています。   ----     ![写真(12)](https://res.cloudinary.com/hstqcxa7w/image/fetch/c_fit,dpr_2.0,f_auto,fl_lossy,q_80,w_450/https://manba-storage-production.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/clip_art/clip/16079/a22be825-c3f4-48cc-890f-0e16fa91f864.jpg "")     こちらが、この日集められたコンビニコミックのすべてです。 「持って来るのが重かった」 と口々に言われたり、 「臭いので気を付けてください」 と独特の臭いを放つ本もあったりといった ”コンビニコミックあるある”もあり、笑いを誘っていました。   全体的に普段の読書会にはない、独特の雰囲気に包まれた会でしたが 「今日は本当に素晴らしかったです」 という参加者の方もいらっしゃいました。   今後も多くの方にご参加して頂ける広いテーマの読書会も行っていく傍らで、 こういった独自性のあるテーマでの読書会も引き続き開催できればと思います。