ささめきこと

残酷な世界は二人を祝福するか?

ささめきこと いけだたかし
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

百合作品には大きく二種類あります。一つは女性ばかりの世界で、同性愛が当たり前とされる物。もう一つは異性愛者が多い世界での同性愛を描く物。『ささめきこと』は後者です。 『ささめきこと』は同性愛を「異質」とする、少し古く見えて今もそう変わらない現実世界を描きます。愛らしいコメディタッチの中に、時折キツい正拳突きを繰り出します。 女子に恋した主人公は、空手の猛者で可愛さとは無縁。主人公が恋した女子は同性愛者で、その事で傷ついた過去を持つ反面「可愛い女子が好き」と公言して主人公を傷つける。 さらに同性愛に理解の無い人、興味本位な人は二人を傷つけ、そして浮かれた味方も二人をかき乱す。しかしそんな人々は決して「悪い」とは描かれません。 一方傷つきたくなくて相手に踏み込まない二人はもどかしいけれども、その大きすぎる傷を想像すれば致し方ない。臆病な二人もまた「悪くない」のです。 誰も悪くないのに、無理解と無遠慮に満ちている。そんな現実世界を描く、残酷な作品です。でもその残酷さの果てにはどんな恋愛漫画よりも大きな感慨と、本当は「悪くない」周囲の人々の祝福が待っているのです。

34歳無職さん

休むも歩むも自分で決める

34歳無職さん いけだたかし
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

仕事を失った34歳の女性、バツイチ子供と別居……その「無職さん」は、一年間「何もしない」と決めて、安アパートで一人暮らし。 この作品は物語というよりは、生活の描写をひとつひとつ積み重ねる。それは淡々としていながら、かなり心が痛くなる。 仕事の無い平穏なはずの生活は、気楽さの中に意外な程の腹立たしさ。何度も描かれる、ぼんやりした無職さんの小さな失敗。それを見てモヤッとする私も、実は同じ事を日々している事に気付けば……ああ、無職さんは、私だ。 無職さんに大きなカタルシスは望めない。小さな喜びと不幸がランダムに訪れる日々。しかし彼女は暮らしをきちんとしようとして、それが達成できた瞬間「ちゃっ」とポーズを取る。この時、妄念に満ちた私の心に、リアルな身体感覚が蘇る。これは殊の外、清々しい。 ただ普通に生きる事が難しい……無職さんはそう嘆く。独り身でも〈一人で〉生きている訳では無く、人との関わりに苦しむ事からは逃れられない。それでもなるべく自分の在りたい様に、休むも歩むも自分で決める。 そうして人生を自分の物にして脱力している無職さんの在り方は、私の肩の荷を少し、降ろしてくれた。

時計じかけの姉

男娼ロボと姉 in 懐かし商店街

時計じかけの姉 いけだたかし
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

昔ながらの商店街には、腕の立つ時計職人の女性と、若く美しい弟が住んでいた。一見平和なその街だが、姉と商店街はとある秘密を守り続ける。それは、弟が男相手に売春する事、そして弟がロボットである事。 --..-.-.--. 枠組みとしては成年漫画に見られる、秘密の売春宿とか、夜這いの風習がある村とか、そんな感じ。「少年を守る」という大義で客をコントロールしながら、商店街において売春はコメディタッチで肯定される。 十年前に死んだ弟のロボットに惑溺する姉は幸せそうな様子。商店街の穏やかな近所付き合いに、皆んな幸せそうだからいっか!と思ってしまいそうになる。 エロマンガの世界観としては完璧。しかし、そんな都合の良い世界の裏が、次第に明かされる。しかもそれを「悪」と描かないのが、この作品の読み応えあるところ。 電気屋の男性は、ロボットを作れる程天才の姉に、尊敬と好意を抱く。そして彼女に真っ当に幸せになって欲しいと願う。男性は童貞と揶揄されるが、そんな彼にしか無い「正しさ」がある。彼は〈売春組織を作る〉商店街の男達と共犯でありつつ別の所にいる。 エロスとタブーが肯定される世界観。しかし、電気屋の恋は私の感覚を、辛うじて「まともな」方に留める。そこで得られるのは、狂った世界への無力感。そして、自分の中の「童貞」への肯定感。

ふたりはだいたいこんなかんじ

愛する二人と〈周囲〉の話

ふたりはだいたいこんなかんじ いけだたかし
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

女性カップルの同棲話が平熱で、淡々と描かれながらも愛らしい本作ですが、その良さを端的に言い表すのは難しいと感じます。 なので私が言う事も作品の一部分だと思うのですが、特徴として「周囲を丁寧に描く」事があります。 2巻にして既に二人の親、古馴染み、仕事仲間や先輩、ご近所がしっかり登場して関わります。基本二人は優しく関係を深めてゆくので、安心して読んでいられるのですが、それでも周囲の関与は少しの緊張感をもたらします。 二人が盤石であれば、関与する人の中には悲しい思いをする人も現れます。そういう人の秘めた心や行動を見る時、私は主人公二人の視点を離れ、その人に感情移入する。そして気付く……自分(=主人公)だけ良ければいいっていう話じゃないよな、と。 誰かの幸せの影には、他の誰かの様々な感情があるんだよ、という視点は、実は他の百合作品でも得られる視点ではあります。しかしこの作品は、多様なサイドストーリーを複数同時展開する事で、カップルを起点とした世界の広がりと複雑さとままならなさを同時に表現している。 そしてそこから得られる感情は「みんなが幸せになれればいいよな」という、優しい物でした。

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