おかえり、南星バス

長距離バス運転手の日常

おかえり、南星バス まどさわ窓子
兎来栄寿
兎来栄寿

私も以前は年間30回くらい夜行バスに揺られていたので、長距離バスをテーマにした作品というだけで興味津々でした。バスタ新宿がメインの舞台として出てくるだけで「おおっ」と嬉しくなってしまいます。 長距離バスは長い距離を一人だけで運転するのは安全面での心配があるため、基本的に男性二人組の交代制が多いです。なので、そのバディ関係を物語にした作品はあって然るべきですね。得心しながら読み進めました。 主軸となるのは、性格のタイプがまったく異なる二人のイケメン。元ホストで情に厚い陣と、クールで普段は口数が少ないけれど言う時ははっきり言う鳴瀬。彼らの仕事の大変さもその上にある喜びも描かれます。 バスの運転手も接客業であり、厄介なお客様からワケアリなお客様までさまざまなお客様を乗せる中で上手くいかないこともあれば心が穏やかになる時間もあり、上質なヒューマンドラマが胸に降りてきます。 また、各サービスエリアのグルメは私も行く度にチェックして色々と買い食いしますが、長距離移動の楽しみですよね。「浜名湖サービスエリアの三ヶ日みかんが美味しい」というセリフにうんうんと首肯。富山の白エビかき揚げ蕎麦はぜひ現地で食べたいです。 彼らがもっと色々なところへ走っていき、色々人と出会って別れ、色々な景色や色々な美味しいものに出会う時間を見続けたいです。

リズムナシオン

磨き上げられた骨と肉、そして神の与えし顔(かんばせ)

リズムナシオン マツモトトモ
兎来栄寿
兎来栄寿

『インヘルノ』や『美女が野獣』のマツモトトモさんの最新作。 「剣聖」と呼ばれた祖父を持ち16年間剣道に邁進してきた少年が、3人の美形ダンサーと出会ってA(エース)と呼ばれるようになり、ダンスの道に引き摺り込まれていく物語です。 印象がほぼ闇金の人であるリーダーのJ(ジョーカー)、派手なK(キング)と地味なQ(クイーン)。抜群に顔が良くてダンスも上手い3人の素性・バックボーンは物語を読み進めるにつれて明らかにされていきます。そうしてキャラクター性が確立されてくると、脇役も含めて全員とても魅力的でどんどん彼らが織りなす物語を読みたくなります。 シリアスとギャグがいい塩梅で調和しており、Aが最初のボックスステップで 「これは…靴を履かされた実家の犬…!(ポポちゃん3歳)」 と言われたシーンでは声を上げて笑ってしまいました。しかし、剣道一筋で培った体幹や身体をコントロールする技術によってみるみる成長していくAの姿はワクワクします。 絵柄が非常にスタイリッシュですが、それに加えて 「磨き上げられた骨と肉」 「顔面が良すぎる…!全てのパーツがすっきり整った圧倒的端正なお顔立ち…ああ神の与えし顔(かんばせ)…!!」 「踊るということは 常に今の自分を否定されるという事」 など、随所に出てくるさり気ないセリフやモノローグのひとつひとつにパワーワードが溢れており、惹き付けられます。 こんなにスタイリッシュな作品なのに、 「この漫画を読み終わったら社員食堂の本棚の美味しんぼの隣あたりにスッと置いといてもらえると嬉しいです」 という冒頭の作者コメントも何とも良いです。

大正ロマンポルノ

幸せって何だろう?

大正ロマンポルノ 麻生みこと
干し芋
干し芋

タイトルを見てどんなお話なんだろうと思い読みました。 大正時代、盲目の遊女と小説家志望のダメンズが恋に落ちて、仕送りもなくなり、借金がかさむダメンズに盲目だからこそ音に敏感な遊女が賭博で一儲けするが、壺振りとグルだと疑いをかけられ、ボコボコに。 それを、空気で感じた遊女が自殺用に持っていた匕首で相手をグサリ。 そのお話を、小劇場の劇団がお芝居にする。 男と女は、何事も計算通りにいかないもどかしさが、あります。 付き合っても上手くいかないのは、分かっているけど、今の状態がふたりの距離感が一番いいのは分かっているけど、色々気になり気持ちがギスギスして、日常生活にも支障をきたすけど。 お互いに必要とされていることは分かっている。 男女は、別れがあるけど、今のままだど、長く一緒にいられる。 どちらが幸せなんでしょう? もう一つの作品『徒花』は、なんともいえない繊細な感情を淡々と描かれています。 自分の本当の気持ち、お世話になった恩、戻るべき場所、ときめき、揺れ動く感情、自分でも整理がつかない混沌とした心に、答えはすぐには見つかりません。そして、幸せとは何かを考えさせられます。