打撃天使ルリ

「だしゃあ!!」と振るう拳こそが正しい

打撃天使ルリ 山本康人
野愛
野愛

ごく普通の女の子が悪を成敗する物語はたくさんあるけれど、どれもあまりリアルじゃない。 可愛いキラキラの衣装はおそらく動きづらいだろうし、武器なんてすぐに使いこなせないだろうし。 打撃天使ルリも、普段はごく普通の女子高生である。ルリは打撃人類として生まれ、悪に対する怒りを拳で成敗するのだ。 なんの理由があってかルリは大体全裸だし、両親は普通の人間だし、ルリが打撃人類である説明は何もされない。 歪んだ正義感の警察やら死んだ恋人似の悪人やら、むちゃくちゃな悪に出会すたびに彼女は「だしゃあ!!」と拳を貫く。 この作品だってもちろんリアルじゃない。全くもってリアルじゃない。 でも、ルリの境遇や心理描写には妙なリアルさがある。 正義とは何か、何のために拳を振るうのか。女という性に向けられる視線、生きることへの渇望など。 普通に恋もするし、迷ったり傷ついたりもする。そんなルリが怒りを込めて「だしゃあ!!」と拳を振るう瞬間、勧善懲悪だけでは語れない、自らのカタストロフごと破壊されるような感覚に襲われるのだ。 むちゃくちゃさ加減を笑って読んでしまおうなんて斜に構えた心までルリにぶち壊された気がした。

血だるま剣法・おのれらに告ぐ

×××の部分が知りたい

血だるま剣法・おのれらに告ぐ 平田弘史
ひさぴよ
ひさぴよ

「血だるま剣法」がずっと読みたかったのだけど、古本価格がやや高いため、なかなか手が出なかったのだが、三軒茶屋の漫画喫茶ガリレオに行った際にお店に置いてあるのを見つけたので、そこで読ませて頂いた。 実際に読んでみると凄まじく面白い作品だった。 主人公・猪子幻之助が、剣術道場で師匠を殺害するシーンから始まり、門弟たちに次々と復讐をしていく話。その理由は、幻之助の生い立ちにより差別を受けていた過去にある。 中盤までセリフには「×××」で伏せられた箇所が数多くあり、ほとんどバツで埋まっている場面もある。「×××」の部分は差別問題を表現する上で、読者に伝わらなければ理解も及ばないと思うのだが、なぜこういう事態が起きてしまうのだろうか…。 その疑問に対しては、呉智英さんによる監修&解説文が答えてくれた。時代背景や出版事情に関して、網羅的かつ切れ味鋭く説明がなされており非常に読み応えがある。Wikipediaを読んで理解した気になってたが、普通にこちらの文章を読んだ方があらましを理解しやすいと思う…。 また、山上たつひこが「血だるま剣法」のパロディをやったのが「鬼刃流転」という漫画。興味のある方はこちらも読んでみるといいだろう。 鬼刃流転―孤高の天才剣士柳左近 山上 たつひこ https://www.amazon.co.jp/dp/4838701454/ref=cm_sw_r_tw_dp_0ztcGbC84DN7K @amazonJPより

台湾の少年

とある出版人の戦後台湾史 #1巻応援

台湾の少年 游珮芸 周見信 倉本知明
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

本作は台湾で伝説的児童雑誌『王子』を創刊した、蔡焜霖さんの人生を描いたノンフィクション。戦前の日本統治時代から白色テロ時代、そして現代の民主化した台湾までを通して描く作品は、おそらく今までにないのではないか、と『綺譚花物語』翻訳者の黒木夏兒さんはおっしゃっていました。 全四巻のうち1巻と2巻が同時発売。両方を通して読んでみると、この二冊が同時発売された意味が分かる気がします。 1巻は戦前。台湾語を喋りながら日本語を学ばされる時代を、それでも大家族の中でおっとりと優しく育つ焜霖さんの少年時代は、穏やかなタッチで描かれます。 しかし1巻末、世界は暗転します。 2巻では、謂れのない罪を着せられた、政治犯としての過酷な10年が、暗く・痛々しいタッチで描かれます。 登場する人物も皆、焜霖さんが出会った実在の人物。さまざまな出会いも、大切な人も、容易に奪われてゆく。その悲しみ……とりわけ彼らを失ったのは自分のせいかもしれない、という焜霖さんの苦しみは、巻末の一人ひとりの解説を読むと、いっそう強く伝わるのです。 失われた者や時への焜霖さんの思いが、3巻以降、どのような形になるのか……続きを待ちたいと思います。