環と周

よしながふみさんの素晴らしさを1冊で味わえる #1巻応援

環と周 よしながふみ
兎来栄寿
兎来栄寿

よしながふみさんの円熟味、精髄をたっぷりと堪能することができる連作短編です。 https://shueisha.online/entertainment/167862 上記のインタビューによると16年前から構想はあったものの、『大奥』と『きのう何食べた?』の2本の長期連載があったため、集英社のラブコールを保留し続けてようやく始まったというこの連載作。 「環(たまき)」と「周(あまね)」。 どちらも円の意味を持ち、古来から男女どちらでも使えるふたつの名前。本作はタイトル通り、すべて時代や性別や関係性は異なれど「周」と「環」という名前を持つふたりを中心にした物語を描いた連作短編です。 よしながふみさんらしく、時代や設定を変えてさまざまな形での人と人との絆が抒情性豊かに綴られていきます。中学生の女の子同士がキスをするシーンから始まるのも、とてもらしさが出ています。 上記のインタビューでも触れられている通り、当たり前の男女のすれ違いを描くだけではなく会話が成立しているけれど上手くいかない部分であったり、希望も絶望も同居しているさまであったり、人間が生きる世界の片隅にあるリアルを鋭敏な感覚と卓抜した手腕で的確に切り取り料理して提示してくれます。さりげないシーンであっても、ひとつひとつのセリフや表情、間に宿る重みに良さが溢れています。 人の裡にあるものは誰にもわからない。周りからどんな風に見えていようと、いかに恵まれた環境にあろうと、そこで抱えている芯にあるものは当の本人にしかわからない。その、当たり前のようで忘れがちなことが切々と語られているところは沁みます。 もし今までよしながふみ作品を読んだことがないという方でも、令和の今お薦めする最初の入門の1冊としても申し分ありません。生きていることに、生きていくことにこの1冊から勇気をもらえる方は必ずいることでしょう。

銀太郎さんお頼み申す

未知の文化に飛び込む勇気

銀太郎さんお頼み申す 東村アキコ
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

この作品で印象深いのは「言葉の通じなさ」だ。 カフェ店員の主人公女性が、お客の着物美女を師匠と仰ぎ着物文化に入ってゆく物語だが、この主人公、徹底的に素人。文化が違う。 師匠が発した言葉が誤変換されて主人公に届くやりとりが面白いのだが、そこにあるのは完全な文化の断絶。懸命に喰らいつく主人公だが、一つの用語を理解するまでがもどかしい。 私は着物文化に憧れて、いくつかの着物マンガ(『恋せよキモノ乙女』『またのお越しを』など)を読むのだが、知識が足りずについてゆけないことがある。詳しく解説がついているにも関わらずだ。 『銀太郎さんお頼み申す』は、主人公のゆっくりな理解速度が素人の私を置き去りにしない。そして彼女に教える師匠や周囲の女性たちが(時々呆れながらも)きちんと教えてくれるのが良い。失敗のフォローも優しい。 主人公はどうして助けてもらえるのか。それは彼女が本気で喰らいついているから……それくらいしか今のところ思い当たらないが、案外そういうことが大事なのかもしれない。 恐らく私が未だに着物物文化を理解できないのは、そこに入ってゆかないから。一方本作の主人公は無知だが、自分の求めるものはこれと決めて飛び込み、上手くいかなくても諦めず、少しずつでも成長を喜ぶ。そんな姿勢が文化を楽しむための、いちばんの「センス」だとしたら……そう思うと、不器用な彼女を羨ましくさえ思った。

冷たくて 柔らか

20年ぶりに再会した女性同士の関係性 #1巻応援

冷たくて 柔らか ウオズミアミ
兎来栄寿
兎来栄寿

『三日月とネコ』のウオズミアミさん最新作。本作もまた大人の女性の上質な関係性が描かれています。 「ヤキモチを焼かれないので、本当に愛されてるか自信を失った」 という同棲して2年の彼氏と別れた主人公・宝(たから)。 33歳にして結婚を考えていた相手と別れてどうしようかというところで偶然にも中学生の頃の同級生・エマと20年ぶりの再会を果たしたことで、ふたりの物語が再開します。 当時のエマにとって、宝は単なる同級生に留まらず自分の存在を救ってくれていた掛け替えのない存在で、宝さえいてくれれば他に誰もいらないと思っていたほどでした。 宝は、そんな強い想いを昔から変わらずぶつけてくる美しくてかわいいエマに対して少しずつ自身も絆され、感情が徐々に溢れ零れていきます。何も障害がなければひとつの美しい祝福されるべきふたりの物語で終わるのですが、いかんせん既にエマは人妻。相手の男性は経営者で、性格もとても優しくエマのことを大事にしている人であるというのもまた複雑です。 ただ、当のエマ自身は現状に満たされない想いがあるようで、宝との再会によってよりその想いも強くなっており……。 いちごミルクキャンディの香りによって呼び覚まされる甘酸っぱく切ない記憶が、郷愁と共に胸の奥へと焦がすような熱を灯します。丁寧に紡がれていく彼女たちの関係性に目が離せません。中学時代のふたりの姿は、血流を良くしてくれます。 全体的に上品なんですが、友達のお母さんが作ってくれたおでんの味が忘れられずにずっと探求していてその正体はおでんの素だったという庶民的なエピソードも好きです。