『テヅコミ』にも『メトロポリス』の二次創作を寄稿していたマチュー・バブレ氏が2016年に出版したディストピアSFです。先月に邦訳版が発売され、その電子版もこの度配信され始めました。 太陽が超新星爆発を観測しようとする青年からスタートするプロローグ。そこから100万年後のお話としてストーリーが始まるスケールの壮大さにまず惹かれます。 広大無辺の宇宙空間における、ちっぽけな人間にとってはあまりにも巨大すぎる現象も含めて、美しいヴィジュアルで物語られていきます。 バンドデシネらしい緻密な画風で、ほとんどのコマが背景までみっちり描き込まれているので物語への没入感を強く高めてくれます。コロニーの中の小さなユニットでの生活が見てとれるような描写など、好きです。 「音楽は? 文学 芸術…学問は? それは無から心の奥底から立ち現れる恩寵の輝き 人間は消費のみの存在ではない」 といったセリフに見て取れる言葉選びも好きです。 とある衝撃的なシーンと、そこで爆発する感情には大きく心を動かされました。どんな遥かな未来となりテクノロジーが進歩しようとも、人の人たる所以ら変わらないのはSFらしいテーゼを感じられるところです。 反物質、ホモ・ステラリス、アニマロイドなどさまざまなSF的単語が飛び交いながら、ドラスティックに進んでいくドラマに、気付くと夢中になってページを捲っていました。 ハードで骨太なSFを楽しみたい方にお薦めです。
ジョージ・ルーカスの半生、とりわけ『スター・ウォーズ』第1作のメイキングから完成に至るまでに尺を割いて描いたノンフィクションです。 お化け屋敷を営んで創造性を発揮する一面もありながら基本的には控えめな少年だったころ。命の危険にも晒され、人生の転機が訪れたティーンズ時代。コッポラやスピルバーグに出逢った若かりしころ。 登場するたくさんのビッグネームは、『スター・ウォーズ』を観ていない人でも楽しめます。 オーディションに来るのはまだ今のように有名ではなかったころのジョディ・フォスター、ジョン・トラヴォルタ、トミー・リー・ジョーンズなどなど錚々たる顔ぶれ。 ハリソン・フォードもまだ俳優業だけでは食べられず、他のバイトもしながら食い繋いでいたという時代で、撮影の際の裏話などもたくさん登場します。 スポンサー・配給会社とのタフな交渉に、現場の壮絶なマネジメント。多くの人が面白さを理解できず、SFなんてヒットするわけがないと言われていた時代に途轍もない記録を生み出した『スター・ウォーズ』第1作目ができるまで。 そんなの間違いなく面白いに決まってますし、帯文で山崎貴監督が言うようにこれ自体を映画として出したらそれも大ヒットしそうです。フランスでこちらが出版された際には5万部が即日完売したというのも頷けます。 今現在存命中の世界的に知名度のある偉人・有名人の中でも、こうした形で物語って面白い人物を考えたときにジョージ・ルーカス以上にうってつけの人はなかなか思いつきません。 映画を作るのが並大抵ではない苦労を伴うのは素人でも想像がつきますし、ましてや1000人規模の現場を回すに当たっては紙幅に収まらない辛いこともたくさんあったでしょう。1作目の段階で倒れるほど体調を壊してしまうのも仕方ないと思います。 しかし、いち『スター・ウォーズ』ファンからするとインダストリアル・ライト&マジック社を立ち上げてなしえた原初のSFXであったり、R2-D2やC-3POにまつわる舞台裏などは読んでいて楽しくて仕方ありません。 特に心に残ったのは『スター・ウォーズ』の最後のピースとなる音楽が最終段階でも決まっていなかったところで、契約に漕ぎ着けられたのは『ジョーズ』などでもお馴染みのジョン・ウィリアムズ。僅か3週間で90分分のオリジナル・サウンドトラックを完成させたという彼の曲を初めて最終的な形でルーカスが聴くことになる場面。 思わず私にもあの『スター・ウォーズ』のテーマ曲が脳内に鳴り響くと共に、感動と興奮が伝わってきてブワッと泣けてきました。その後、ルーカス氏はその素晴らしさを30分にわたって電話で熱弁したそうですが、それはそうでしょう! と。 音楽というものもまた、単体でも何十年経っても記憶に残るもの。特に『スター・ウォーズ』のあの曲は、あの字幕と共に脳裏に焼き付いています。 また、本書を読んで『スター・ウォーズ』を語る際にあまり出てこないもののとても重要な人物だと感じたのが、何度も何度も20世紀フォックスの上層部からストップがかけられるもののルーカスの映画に心酔して粘り強く説得し、最後には自分のクビまでかけて制作費の拠出がストップすることを凌いだアラン・ラッド・ジュニア。 本気の本気で行われたもの・創られたものはたとえ大半の人には理解されなかったとしても深々と刺さる人がいるもので、ジョージ・ルーカスが作ったものの本質的な部分がアランに伝わり、最初の熱狂へと繋がっていったことは胸が熱くなります。 ある意味でビジネスなどとも通ずるものがあり、iPhoneのように世界を革命する真に斬新なものというのは最初はその良さや凄さが真には理解されないものなんですよね。多くの人が反対し、そんなもの上手くいくわけがない、価値がないというものこそ断行する意義がある。アランがいなければ『スター・ウォーズ』も世に出ていなかったかも知れないと考えると、たとえ自分ひとりだけでも心が最高だと思ったものを、しっかりと最高なのだと推し続けることがいかに大事かとも思います。 『スター・ウォーズ』ファンはもちろんのこと、世界最高の映画がどのようにして作られたのかというドラマはファンでなくとも一見の価値があります。人類史における営みというマクロな視点で見ても、普遍的な価値をいくつも発見できるでしょう。
作品全体を通して「ハシシ」と酒の匂いが漂ってくるような、うらぶれた空気感とやくざ者のやりとりが特徴的な本作。 グループにひとりずつメンバーが増えていき、酒場から酒場へ移動しながら音楽を奏で、そしてまたひとりずつそれぞれの日常へ帰っていく…一昼夜を通した喧騒のなかでそんな出会いと別れが描かれます。 卑近な喩えであれですが、学生時代に気心の知れた連中と昼から集合して何件か店をハシゴしてそのまま「オールでカラオケいくか!」って息巻いて夜を過ごし、途中からもうガス欠になってるんだけど意地で起き続けて朝にはもうヨレヨレになって解散する…みたいな、仲間と騒ぐいつの時代もどこの国でもあるのかなぁ、と思って身近に感じました。 なんでもない一日ですが、本作の場合は戦争がすぐそこまで近づいてきている前提があるので、そこの捉え方はまた違ってきますね。 本編の内容とは別に巻末に登場人物紹介があるので、そこから読み始めるとキャラクターの把握がしやすくていいかもしれません。
※ネタバレを含むクチコミです。
地下鉄サリン事件から25年… いまだからこそ読みたい1冊です! この作品の興味深いところは、地下鉄サリン事件の前日譚であるところ。 遡ること1年前に起こった松本サリン事件を中心に、事件に巻き込まれた人々、テロにかかわった信者、犯人と疑われた人、事件を追う刑事たち…それぞれの視点で描かれる。 登場人物はあくまで架空ではあるものの、事件が周到に用意されていたこと、オウム真理教の内部、事件によって人生を狂わされた被害者たちの生活などがとてもリアルで胸に迫ります!
エーテルと呼ばれる物体が宇宙に満ちていると信じられていた時代、19世紀。バイエルンを舞台にしたSF少年活劇! ジブリやスチームパンクファンにも読んでもらいたい作品! エーテルを研究して空に飛び立ったまま帰らない母の手帳に導かれバイエルンに向かった少年セラファン。そこには秘密裏に空飛ぶ機械を開発している謎めいた王ルードヴィヒがいた。セラファンはバイエルンで出会ったゾフィー、ハンスとエーテル騎士団を結成し…… 少年たちに胸踊る冒険が待ち受ける! とにかく色彩が美しい! バイエルンの街並み、ノイシュヴァンシュタイン城、空飛ぶ機械に、星々がきらめく宇宙… 淡い水彩で描き出されるシーンのどこをとっても美しい! 個人的には精密に作り込まれた飛行船のパースにときめいてしまいます…!
海外コミックはじめて読むけど何から読んだらいい?というかたにオススメしたい作品です! あることをきっかけに、安住の地から解き放たれた小人たちのものがたり… 右下にのぞくかわいい女の子や、ブルーが美しい表紙カバーにだまされてページをひろげると、少しビックリするかもしれません。 本能に忠実な小人たちの、ちょっぴりダークでかわいい世界。 ぜひぜひその結末を見届けてほしい。
少年と少女のひと夏のヴァカンスを描いた作品です。映画を観たあとのような読後感が楽しめる。 ものがたりは二人の母親の流産の告白から始まる。姉がいたかもしれない13歳の少年アントワーヌと、弟ができたかもしれない16歳の少女エレーヌ。 アントワーヌは終始エレーヌに翻弄されているが、年上ぶっているエレーヌも年相応の初心さが垣間見られるように見えるのがたまらない
バスティアン・ヴィヴェスの線はとにかくなんかエロいです。 特別性的なビジュアルを志向している画風でもないのに(巨乳のキャラクターは多いけど)なぜかエロい。そして爽やかです。 エロいのに爽やか。 『年上のひと』はそんなヴィヴェスの「エロ線」の魅力がこれでもかと詰まった作品です。 自分より3つ年上のエレーヌに13歳の少年アントワーヌが抱く憧れ、友情、恋心、欲望…そのいずれとも完全に分けきれぬ複雑な心情を表現するのに彼の線以上にふさわしいものはないように思えます。フランスの10代のリアルみたいなのがすごい。 また、この作品が素晴らしいのはエロいだけじゃなくて、優しさも溢れていることです。 アントワーヌもエレーヌもそれぞれ孤独やさびしさを抱えています。 お互いがそっと寄り添うことで優しさを分かち合う、思春期のピュアさがじんわり沁みてくる…。 エロさあり、やさしさあり、妙なナマナマしさありでヴィヴェス史上最高の胸キュンマンガです!
絵が可愛かったこともあり、知ったその日に購入し読みました。 僕自身もFtMなので主人公ナタンには感情移入が止まりませんでした。 僕はナタンと違って性別に違和感を覚えながらも、スポーツが嫌いで可愛いグッズが好きな男だったこともあり男性と自認をしたのは最近ですが、思春期になり女性の姿へと変化していくことに怯えるナタンの「子どものままでいたい」と零す悲痛な姿を見て、あの時のあの感情あの想いは自分だけじゃなかったのだと安心すると同時に当時の自分を思い出し胸が締め付けられました。 日本に限った話ではないですが、多くのメディアではトランス女性の話はよく聞くけれどトランス男性の話は少なく(ボーイッシュという言葉の存在による弊害も大きいのかもしれません)、FtMを大きく取り上げる事が少ないのでこういった作品が多くの人の目に触れられると良いなあと思います。 訳者の後書きでFtMを取り上げた作品を紹介しているところも良かったです。
『テヅコミ』にも『メトロポリス』の二次創作を寄稿していたマチュー・バブレ氏が2016年に出版したディストピアSFです。先月に邦訳版が発売され、その電子版もこの度配信され始めました。 太陽が超新星爆発を観測しようとする青年からスタートするプロローグ。そこから100万年後のお話としてストーリーが始まるスケールの壮大さにまず惹かれます。 広大無辺の宇宙空間における、ちっぽけな人間にとってはあまりにも巨大すぎる現象も含めて、美しいヴィジュアルで物語られていきます。 バンドデシネらしい緻密な画風で、ほとんどのコマが背景までみっちり描き込まれているので物語への没入感を強く高めてくれます。コロニーの中の小さなユニットでの生活が見てとれるような描写など、好きです。 「音楽は? 文学 芸術…学問は? それは無から心の奥底から立ち現れる恩寵の輝き 人間は消費のみの存在ではない」 といったセリフに見て取れる言葉選びも好きです。 とある衝撃的なシーンと、そこで爆発する感情には大きく心を動かされました。どんな遥かな未来となりテクノロジーが進歩しようとも、人の人たる所以ら変わらないのはSFらしいテーゼを感じられるところです。 反物質、ホモ・ステラリス、アニマロイドなどさまざまなSF的単語が飛び交いながら、ドラスティックに進んでいくドラマに、気付くと夢中になってページを捲っていました。 ハードで骨太なSFを楽しみたい方にお薦めです。