耳が聴こえないというハンデを持ちながら野球に取り組む物語。 野球漫画の主人公は、健常者でスパー能力者の事が多いですが。この漫画では 健常者が気づけない苦労や不便さが描かれています。いろいろ気付きを与えてくれます。 野球が普通にやれている事が幸せなんだという事を教えられますね。 野球漫画としてよりも道徳の教科書としてよむ事をお勧めします。
・読んだ直後に思ったこと ※一番大事!※ ・特に好きなところは? ・作品の応援や未読の方へオススメする一言!
生活保護を受けながら岩手で一人暮らしをしている父親が、ある日死んだという連絡が入り、埼玉から岩手の父が暮らしていた家へ向かうと、孤独死の痕跡がリアルに残る。主人公・義明は妻と生まれたばかりの娘と3人でギリギリの生活を送っていたため、仕送り等せずほぼ放置してしまっていたことを後悔します。そんな主人公はこれから亡くなった父とどう向き合っていくのか。あらすじに「超重量人間臨終絵巻」とあるようにずっしりとしたストーリーのようです。
前作の「田舎暮らし編」から3年後の話です。この3年間に同居していた奥さんのご両親が亡くなったり、東日本大震災が起こったり、原発事故が起こったり…。あんなに楽しそうに田舎暮らしを満喫していたのに、全く違う漫画になってしまいました。実際にはこれとは比べ物にならない喪失感があるんですね。今作も最初から1年間の連載と決まっていたそうで、途中からどう終わらせるか悩んだそうですが、最後にはハッピーエンドはありえないと断言されていたのが印象的でした。山本おさむ先生の誠実さが感じられました。
山本おさむ先生が都会暮らしに疲れてしまい(鉄腕DASHに憧れて…とも描いてあった)、奥さんのご両親の地元である福島県の田舎で暮らしを始めたことを描いたエッセイ漫画です。私が読んだ「田舎暮らし編」では、田舎で暮らし始めた一年目の出来事がまとめられているのですが、途中から奥さんの両親と同居したり、芝犬のコタを飼い始めたり、夏子の酒の尾瀬あきら先生も近所に家を借りたり、たった一年間の出来事とは思えない充実っぷりだな〜と思いました。 元陸軍上等兵のお義父さんがとても気難しそうで、同居したらトラブルが起きないか心配だったのですが、実はこのお義父さんがとてもよく出来た人なんですよ。お義父さんの意向で生前に建てたお墓の話には感動しました。
小学生のとき、教室に置いてあったことが強く記憶に残っています。ただ内容については、印象的なシーンを断片的に覚えているというだけでした。 いま読むと、確かにこれは平凡な小学生が読むには少々ハードルが高いかと思う。しかし、そこ(教室)にあったというだけで強烈な印象を私の記憶に残したのも事実。そしてこうして大人になってからちゃんと読んでみようと思えたこと、当時の担任の先生には感謝したい。 身体的・精神的に関わらず、障害を持つ人に対して、彼らは生きてくうえで何が“出来ない”のかに焦点を当てがちである。しかし本書では、彼らには何が“出来る”かを一緒に考えることが大事であると教えてくれます。 そして何より、著者の山本おさむ先生も実際にどんぐりの家を立ち上げる支援者の1人であり、当事者に近い目線で描いているからこその圧倒的リアリティ。 一文字も見逃さずにとは言わない。パラ見でもいいから、若い人がこの本に触れる機会が増えると良いなと思います。
村山聖って子供の頃から病気だったこと位しか知らなかったのですが、これを読んで、もう一・二年あれば名人になれたかもしれない、本当にあと一歩のところで亡くなったことを知りました。あとがきで山本おさむ先生の奥様も同じ病気で亡くなったと書かれていて、色んな想いも込められているように感じました。 実際に起こったエピソードと創作が混ざったストーリー構成なんですが「これは事実なんだ…」と驚くようなことも多々ありました。特に師匠・森信雄との関係に感動しました。作中では「犬の親子のような愛情」と例えられてましたがその通りなんです。二人にとって三つの別れのシーンがありましたが涙ぐまずにはいられませんでした。 ライバルとして登場する羽生善治の描き方も面白かったです。プロデビューした直後はまさに将棋の神様に愛されている天才少年という感じですね。作戦でも何でもなく対局中にあくびをする姿と、ベテラン棋士が「10代の将棋が一番細かい」と言っていたのが印象的でした。
蕎麦は和食の中での一料理として立場を確立はしている。 しかし和食について語り話題にする場では そこそこ以上の評価はあまりされていない気もする。 和食は美味しくてヘルシーで見た目も美しい、とか、 煮物や焼き物は素材の味を引き出している、とか、 天ぷら・寿司・鰻がいかに美味しいか、とか そういうことについて語ったものは多いが、 意外に蕎麦そのものについては熱く深くは 語られていない印象もある。 立ち食い店もあれば老舗名店もあるし、 家庭で普通に気軽に茹でたりもするし、 職人しか作れない手打ち蕎麦もあるし、 広くて深くて面白くて美味しい存在だと思うのだが、 一部の「通」と言われる人以外はあまり興味をひかないみたい。 それは多分、見た目に地味だとか、 脂肪分とか糖分とかの判りやすく刺激的な美味さよりも、 風味や旨味といった感覚的な美味しさを味わう存在 だからかもしれない。 インパクトに欠けるから、ともいえるかも。 しかし「そばもん」を読めば、蕎麦をもっと知りたくなる。 食いたくなる。味わいたくなる。 そして知って食ってスッキリとなれる。 蕎麦なんて嫌いだ美味しくないし、という人や、 蕎麦なんて立ち食いでサッと安く喰えりゃいい、という人や、 逆に、いや蕎麦は美味しいよ最高だよ、という考えの人や、 それぞれの人達に 「え、そういう食べ方って美味しそうだね」 「そうか今度はそうやって味わってみよう」 と思わせる面白い話が満載されている。 家で茹でて食べる蕎麦をより美味く味わう方法。 多数ある蕎麦屋の中から自分の好みの店を探し出す方法。 手打ちにも機械打ちにも良さ悪さがあり夫々が存在する意義。 蕎麦がいかに日本各地に根付き発展し様々な形態に至ったか。 読んだら 「今日は蕎麦を食おうかな」 となり、食ったら 「明日は、今日と違う蕎麦も試してみようかな」 と、なってしまう漫画(笑)。
自分は、漫画や映画のようなフィクションに触れてウルウルすること、実際に「涙を流す」ことの多いセンチメタルな人間なのだが、その多くは、あくまで個人的な心情にフィットして、だ。つまり、自分自身の経験や環境と類似するシチュエーションにいるキャラクターに、感情移入をして泣くのである。 だが『遙かなる甲子園』は、あくまで物語内のキャラクター、自分とはまったく異なった存在に作品を読むと同一化させられ、オンオンと号泣させられる。 自分でもおかしいんじゃないかと思うくらい、涙でページが見えなくなってしまう。 感動作という表現がこれほど相応しい漫画はない。 山本おさむはキャリアの長い人で、初期の青春物から近年の『そばもん』『赤狩り』まで、篤実な作風とはこのことか、という誠に得がたい才能だが、なんと言っても本作『遙かなる甲子園』『わが指のオーケストラ』『どんぐりの家』という、聴覚障害や重複障害の人々を描いた「人権三部作」とも呼び得る圧倒的作品群が素晴らしい。 漫画読んで泣きたい人は、ぜひ。 不思議と読後に心がすっきりします。 余談だが、山本には、漫画作品ではないが『マンガの創り方』という隠れた名著があり、これを読むと、その真率に創作に向かう姿勢の一端を知ることができる。簡単に言えば、彼の作品には常に読者への強い心配りがあるのだ。だからこそ、自分と関係のない存在にも、あれほど感情移入させることができるのだろう。(この本、古書でも高額で、あまり薦めにくいのだが)
結成して20年以上経つブルースバンド「ブルース・ファイブ」はギターボーカルでリーダーの西島が心臓に病を抱えてしまったため、解散を決定。ただ最後にこれまでお世話になったライブハウスとファンに挨拶をするため無理をおして全国を巡るツアーをすることになった。 ライブシーンも迫力があるが、ブルースを描いているだけあって哀愁が凄まじい。ただ、哀愁を悲観して嘆くのではなく歌にするパワーは作品全体に広がる哀愁にも通じている。西島が倒れた時に尾崎が「醤油たらしたメシよりステーキ食いたかったわ!!」からの一連のセリフがすごく好き。神様はあれもこれも許しちゃくれないっていうところ。
耳が聴こえないというハンデを持ちながら野球に取り組む物語。 野球漫画の主人公は、健常者でスパー能力者の事が多いですが。この漫画では 健常者が気づけない苦労や不便さが描かれています。いろいろ気付きを与えてくれます。 野球が普通にやれている事が幸せなんだという事を教えられますね。 野球漫画としてよりも道徳の教科書としてよむ事をお勧めします。