原作小説を中学生の時に読んだことがあります。当時は「民さんは野菊のような人だ」「政夫さんはリンドウのようね」という有名なやり取りにキュンとしながら読んで、恋が成就しなかった2人が別々の道を歩くことになり、民さんが嫁ぎ先で亡くなってしまうのにすごく衝撃を受けました。子供だった自分には時代背景がよく分かってなかったんだと思います。 齋藤なずな先生が漫画化したものを読んで、登場人物の心の機微が初めてよく理解できたような気がします。離れ離れになることが決まっても恋心を自覚してしまったから反論できなかったのが切ないですね。再会することなく民さんは亡くなってしまいますが、政夫にとってはいつまでも野菊のような人として心に残り続けることが救いだと思いました。 個人的に一番好きなのは「私のせいで死んでしまった」と政夫の母が取り乱すところです。あり過ぎるくらいの人間味があって原作を超えてました。
ぼっち死の館の齋藤なずな先生の最新作。 まず何十年も前にダムの建設現場で同僚と交わした何気ない会話を思い出すところから物語が始まるのがいいですね。不思議と記憶に残ってる会話って誰にでもあると思います。 アフガニスタンに用水路を建設した医師の中村哲さんを山の斜面を登っていく巨石だとすれば、自分はただの小石だけど丸くならずに尖ったままでいようとする男が主人公です。 息子を事故で亡くしてから自暴自棄になり独居老人となった男ですが、迷子のインコを飼い始めたことが転機になります。 ラストで川に落ちそうになったインコを助けようとして溺れる男と、中村さんの最期、そして巨石が粉々にされ小石となりダム建設の一部になる様子が重なります。 中村さんは偉人ですが、この漫画の主人公は特別に褒められるような人生を送っていた訳ではありません。しかし男が身を投げ出して小さな命を助けたことにスポットライトが当たることで、前作のぼっち死の館と同様に普通の人の人生への肯定を感じました。 もしかしたら彼ら二人とも人類誕生以後の大河のような歴史においては同じ小石なのかもしれません。そうなると本来なら火の鳥レベルの壮大なスケールで描かれるべきところを、こうして短編にまとめ上げられた齋藤なずな先生の力量に驚くばかりです。
ふと寝る前なんかに自分が年を取った時のことを考えて不安になる事がありました。老後に必要な2000万円なんか貯金できる気がしないし、このまま身寄りがなくて孤独死するかもしれない…なんて考えちゃうと眠れなくなるくらい不安でした。でも「ぼっち死の館」を読んでからは私もなんとかなるんじゃないかと平気で構えられるようになりました。 今まで年を取るって暗くて悲しいことだと思ってたんですが、齋藤なずな先生の目を通して描かれる老人達ってとてもユニークですよね。どこにでもいる普通の人達ばかりですが、みんなそれぞれに歩んできた何十年分の人生が濃くて、団地の住人の噂話をしているのですらもなんだか楽しそう。そしてFacebookとかリア充とか現代のカルチャーにも思ったより馴染んでる(笑)。私もこの一員になりたい!なれる!だから大丈夫かも…と思ったんです。 齋藤先生の漫画は細かいところまで色々と描かれているんですがコマ割りに無駄がなく読みやすいです。とても漫画が上手いんです。これを読んで他の作品を読んでみたいと思った方には「夕暮れへ」に収録されている「トラワレノヒト」をオススメします。高齢の母親を看取った時のお話です。これもすごい。
生きて、死ぬ。すべての人間に例外なく訪れるその最後のときを、どのように迎えるのか。 40歳で漫画家を志してデビューし、現在76歳の齋藤なずなさんが数年前から少しずつ描き連ねた連作短編が単行本化されました。 「現在、読者のニーズは多様化しているにもかかわらず、『青年誌』『青年コミックス』という大きな呼称ではシニア読者に届けきらない時代になってきました。そのため、人生のフロントライン(最前線)に立つ70代以上の読者に向けたレーベルとして、新たな売場を創設していく必要性を感じ、今回『ビッグコミックス フロントライン』レーベルを誕生させました」 として「老いや介護、看取り、終活、終の棲家など、シニア世代向けの題材」を扱った新レーベル「ビッグコミックス フロントライン」の作品です。第一弾の『父を焼く』から始まり、読み応えのある作品を送り出してくれています。 内閣府のデータによると、1980年には65歳以上の高齢者を含む世帯数は800万世帯ほどで、その内単独世帯は90万世帯ほどでした。それが現在では、昨年厚生労働省により公表された「2021(令和3)年国民生活基礎調査の概況」によると、65歳以上の高齢者を含む世帯数は1500万世帯で、その内単独世帯が742万世帯と約半数を占めます。今後ますます高齢者を含む世帯、とりわけ単独世帯は増えていくことでしょう。 本作では、かつて「ニュータウン」と呼ばれた街のとある団地を舞台に、主に高齢者を中心にした群像劇が描かれます。1話完結型ですが舞台や登場人物は共通しており、それぞれの人物の語られる深度の違いや、異なる視点から見たときに感じられるものがまさに団地での人付き合いに似た手触りを覚えさせられます。現代的な、基本的に隔てられていながらも薄く繋がっている時代における「最期」を意識したお話たちは、来るべき未来のお話として切実です。 中心となっている人物のひとりは一人暮らしでマンガを描いている女性で、同じく団地暮らしであるという筆者の実体験や考えが多分に反映されているのでしょう。 自分から見れば羨ましく見える状況が、その人にとっては悩みの種であったり。 表には何の苦労もなく生きているように見える人が、裏ではとても辛い想いを重ねていたり。 人にはそれぞれの幸不幸、天国と地獄があってそれは簡単に外から推し量れるものではないということをさらりと鮮やかに見せてくれます。 自分は売れた経験もなく、若い才能はどんどん出てきて、苦労して描いたネームも没になり、それでも僅かな国民年金では生きていけないので体調不良を押して次から次へと死ぬまでマンガを描き続けねばならない。しかし、そんなことすらもある人からは「辛くても本気でやらなくちゃいけない、誰でもできることじゃない自分だけの仕事があることが羨ましい」と言われます。こういう所が本当にグッときますね。 どのお話もそれぞれの良さがありますが、1話のガラケーからスマホに変えて「フェースブック」を始める男性のお話がとても好きです。SNSは負の側面が取り沙汰されがちですしそういう部分もしっかり描かれますが、ひとりで暮らしていても繋がりを持てることや、アップする写真を撮るためにそれまで見向きもしなかったものに触れることで生まれる豊かさは良いものです。このお話は構成も良く、ラストの美しさに感じ入ります。 試し読みの冒頭から情報量が多く、最初は少し取っつきにくさも感じるかもしれませんが、本当に素晴らしい作品で広い世代に届けたい1冊です。
何気ない日常の風景を切り取った短編集。 幼い頃に見た景色や意味もわからずに聞こえてきた言葉が、小骨のようにずっと引っかかっている。忘れていた記憶がふいに蘇って、あの頃に引き戻される。 ノスタルジーとメランコリーの間のような物語が詰まっている。 『ファジィ』 面白いことひとつも言わず、妻に邪魔だから散歩行ってと言われれば大人しく散歩に出かける男。 男が単純で退屈な人間になったのは、母と富士山にまつわる記憶がきっかけだった。 つまらない日常を大切に守り抜くおじさんの哀愁が染みる作品。 『暗渠』 川をさらって鉄屑を集めて小金を得る貧乏人。火事があって潰れた大きい油屋。捕まえたネズミを沈めた川。 町中流れる川にフタをして道路を通しても、脳裏にこびりついた記憶は消えない。水はずっと流れ続ける。 今笑っている目の前の人も、生温くて濁った水を隠しながら生きているのかもしれない。 きっと年齢を重ねれば重ねるほど染みてくる短編集のはず。 心の奥底に刺さった棘を忘れたふりして生きている全ての人に読んでほしい。
齋藤なずな先生は,ビッグコミック等で作品を発表している作家です。 代表作は「恋愛烈伝」など。 …などと書いてますが,私が齋藤先生を知ったのはごく最近で, マンバのこの書き込みで知りました。 https://manba.co.jp/topics/16647/comments/171559 ほうこれはどんな作家なのだろうと思って, とりあえず「齋藤なずな作品集」のうち一つである, 「迷路のない町」という短編集を読んだところ,大変な衝撃を受けました。 傑作!! 「迷路のない町」は,中年女性とか中年男性を主人公にして, ちょっとした日常の出来事を描く短編集です。 そこで主として描かれるのは,老いとか,加齢とか, コンプレックスとか,人間の心の弱さであり, それが鮮烈に切り取られて描写されます。 「中年ならではの心境」を,解像度高く描き出す作者の力量は, ちょっと只事ではありません。 特に,中年女性が主人公の作品群が凄い。 「彼岸花」「ごはさんで願いましては…」「花いちもんめ」「鴨居」あたりはどれも大傑作。 「ごはさんで~」のうち,「電気店の店頭にあるテレビにうつった自分の姿をみて, 自己イメージと現実の違いに気づいてしまうシーン」(添付)なんて, 本当に絶妙な切り取り方です。 私は,この作品集は, 他に類をみない,「オバサン文学」の傑作だと思っています。 「迷路のない町」は,kindle unlimitedに収録されていますので, 読んだことがない方は,ぜひご一読を。 なお,齋藤先生の作品はほかにもいろいろkindle unlimitedに収録されています。 そのほかに,数年前に発行された「夕暮れへ」という作品集もあります。 ほとんどが再録ですが,「トラワレノヒト」「ぼっち死の館」は新作です。 前者は老人介護文学,後者は老人団地をテーマにした作品で, いずれも大傑作なので,この2作品のためだけに購入しても全然大丈夫です。 最新の作品集は「初期傑作短編集 ダリア」。 幻のデビュー作ほか,初期作品を収録した短編集とのことです(まだ読んでない)。 さらに,齋藤先生は,「ぼっち死の館」を今でも不定期連載中。 https://bigcomicbros.net/8276/ 70歳をこえてなおも現役で活躍中。応援してきたいです。
太宰治が玉川上水で心中したことは誰でも知っているけど、なぜそんなことをしてしまったのか、その気持ちを理解することは困難だ。けれども齋藤なずな先生はそれを漫画で描き表している。まるで太宰本人の告白のようにリアルな心情描写である。もし自分が同じ量の資料を読み込んだとしても、ここまでの人物像を突き詰めることはできない。なぜなら作家に対しての憧れという妄想を抱かずにはいれないからだ。もしかしたら齋藤先生の観察眼は描かれている文豪達より鋭いかもしれない。
恐らくご自身と同年代を主人公に描かれているので、新しい作品になるほど登場人物も年を取り、内容も「老い」や「死」についてが中心になりますが、表現する力はよりイキイキとしているように感じます。 どの作品もまるで存在したかのようにリアルな人物描写なので、ストーリーというよりも人生を読んでいるようです。年齢や境遇によって読後の感想も変わると思うので、次に読み返した時に自分が何を思うのかも楽しみです。
原作小説を中学生の時に読んだことがあります。当時は「民さんは野菊のような人だ」「政夫さんはリンドウのようね」という有名なやり取りにキュンとしながら読んで、恋が成就しなかった2人が別々の道を歩くことになり、民さんが嫁ぎ先で亡くなってしまうのにすごく衝撃を受けました。子供だった自分には時代背景がよく分かってなかったんだと思います。 齋藤なずな先生が漫画化したものを読んで、登場人物の心の機微が初めてよく理解できたような気がします。離れ離れになることが決まっても恋心を自覚してしまったから反論できなかったのが切ないですね。再会することなく民さんは亡くなってしまいますが、政夫にとってはいつまでも野菊のような人として心に残り続けることが救いだと思いました。 個人的に一番好きなのは「私のせいで死んでしまった」と政夫の母が取り乱すところです。あり過ぎるくらいの人間味があって原作を超えてました。