笑顔の世界

表紙詐欺ならぬ表紙正直

笑顔の世界 岬かいり
兎来栄寿
兎来栄寿

伝説的なバズりを記録した表題作「笑顔の世界」を始めとする、ちゃおコミやちゃおデラックスに掲載されたホラー短編を8編収録した岬かいりさんの待望の作品集です。 皆さんも、子供のころに読んでトラウマになったマンガの1つや2つはあるのではないでしょうか。私は『アウターゾーン』の「妖精」(という名の獰猛な小さいゴブリンのような怪物)が怖くて仕方なかったり、『ジョジョ』4部のしげちーのハーヴェストが億泰のズボンの下に侵入して足の肉を刮ぎ抉り取るシーンに生理的な嫌悪と恐怖を覚えたりしていました。 「笑顔の世界」を読んだことがある方ならお解りになるかと思いますが、本作は小さい頃に読んでいたらトラウマになっていただろうなと思う話が満載です。 ただ、元々の発表媒体がちゃお系だったにも関わらず、単行本のレーベルは裏少年サンデーになったのは時代の流れでしょうか。帯が伊藤潤二さんなのはホラー系を描く作家としては最高級の誉れだと思いますが、表紙の絵も間違っても小さな女児が「かわいい〜!」といって手に取らなさそうな露骨なものになっているのは個人的にはちょっと惜しい気持ちもあります。 あえて、表紙詐欺で作中のかわいい部分を押し出した形のものにして「かわいい〜!」と思って買ったらとんでもないことになった、という体験をしておくこともまた人生においては大事な経験ではないかと思うからです。現実は、もっともっと理不尽で残酷なのですから……。 という余談はさておき、岬かいりさんのホラー系短編はただ露悪的というわけではなく、かなり社会情勢や社会問題にも寄り添いながら批評的な意味合いも持っているお話が多いのが面白く、推せるところです。 「笑顔の世界」はもちろん、マスク社会で他人の素顔が都市伝説同様になってしまったという「口裂け女」や、中学受験における競争社会性を描いた「地獄の落とし穴」などは特に顕著です。「地獄の落とし穴」の最後のコマなどは非常に味わい深さがありますね。 本日、ちゃおコミに掲載された読切「社会の秘密」も併せてお楽しみください。 https://ciao.shogakukan.co.jp/webwork/47206/

取るに足らない僕らの正義

「特別」への羨望と嫉妬を煮詰めたオムニバス #1巻応援

取るに足らない僕らの正義 川野倫
兎来栄寿
兎来栄寿

1巻完結の物語としては、早くも2023年最高峰ではないかと思わせる非常に上質な作品が登場しました。 シンガーソングライター・多野小夜子とそれぞれ多様な関わりを持つ男女数名が織り成す、連作短編です。 作者はごめん名義でも描かれていた、西野カナさんのMVなども描かれた川野倫さん。 誰しも一度は「特別」になりたいと憧れ、そして多くの人は夢破れて「平凡」になるわけですが、本作では「特別」な小夜子と、それを取り巻く「平凡」な人々で構成されています。さまざまな感情の堆積がやがて歪みを生み発露するさまが、多様な角度から描かれていきます。人間の持つ嫉妬心や他人の不幸を願う気持ち、自分の心を安定させたいがための卑しい行為などが非常にリアルで丁寧で、読み応えがあります。 また言葉のセンスにも光るものを感じました。 ″恥ずかしくて死にたくなれよ。  生きてるなら。″ といった切れ味鋭いセリフや、作中で小夜子が「なぜ歌を歌うのか」と問われた時の ″ただの自傷行為だよこんなの。  曲を作ることも歌うことも。  でもさ、それで救われたって人もいたんだよね。  そういう人のために歌うわけじゃないけどさ、  そういう人もいるんだなって思ったよねー。″ というセリフなどは、特に好きです。 ある種神格化さえされている創り手の神聖に見える創造行為が、本人の認識ではただの自傷や自慰行為に過ぎない。でも、それは決して悪いことではなく、それでもその被造物によって救われる人も確かに存在する。そのことは、創り手にとってのささやかな救いともなる。 理不尽に覆われたこの世界がそれでも美しいと思える理由が、ここにあると思いました。

死刑執行中脱獄進行中

短編集でも荒木ぶし

死刑執行中脱獄進行中 荒木飛呂彦
酒チャビン
酒チャビン

1995〜1999年に発表された短編を集めたものです。JOJOも4部の終盤くらいの時期以降の作品なので、すでに荒木先生も確固たるスタイルをお築きになられております。 こちらに収録された作品も、ちょっとおどろおどろしいというか「怖い」絵柄によるホラー・サスペンス作品ばかりで、いかにも荒木先生が作ったという感じがぷんぷんしてきます。というかこういった雰囲気の出し方が本当にうまいですね。絵柄だけではないと思うのですが、読んでると吸い込まれるようなこの独特の雰囲気。 内容自体はそれなりに楽しめるのですが、個人的には岸辺先生シリーズの方が好きでした。ストーリー自体はそれほどどちらが良いということはないですが、やはり岸部先生が狂言回し的なポジションで出てくると、なんとなく芯が一本通る感じがでて、好みの感じになります。 ちなみに岸部先生シリーズの第1作である懺悔室がこちらにも収録されていますが、それ目当てなら、せっかくですし岸部先生シリーズをお求めください。 ちなみにデッドマンズQに吉良吉影という方が登場するのですが、これって4部のと同一人物なんでしょうか??

ゴージャス★アイリン

世界のアラキ先生の初期短編集!!デビュー作も!!

ゴージャス★アイリン 荒木飛呂彦
酒チャビン
酒チャビン

世界の荒木飛呂彦先生ですが、当然その先生にも若手の頃はあられました。その当時の作品です。 アウトロー・マンというデビュー2作目の作品は、集英社の引っ越しの際に原稿が紛失したようで、掲載当時の誌面(ジャンプ?)からデジタル複製されたもので、ちょっと画質が悪いです。バージョンによって収録されていたりされてなかったりするようなのですが、こちらの電子書籍版には、キッチリ収録されておりました。 あと書き下ろしなのか、冒頭に今の画風で書かれた美女が載っています。ぱっと見、徐倫ぽくも見えるのですが、突然の出演すぎるので、誰なんでしょうね??謎です。 内容は、基本的にはJOJOに至るまでのある種修行時代の作品ですので、やはり世界のアラキ先生といえども粗さは否めないのですが、初期の西部劇やSF色が強い作風から、徐々に頭脳戦や特殊能力戦といったJOJOの作風に近づいていってるのが伺えるので、ファンにとっては貴重な資料だと思います。 個人的には魔少年ビーティーが好きなので、それの連載開始前のパイロット版が載っていて満足です。というか、もはやこれは魔少年ビーティーの単行本に収録した方がいいと思います。