投稿
コメント
わかる
友達100人できるかな
心を揺らす物語を、あなたに。「友達100人できるかな」をおすすめしたいふと読み返すと、涙がこぼれそうになるくらい、胸が熱くなる。 「友達100人できるかな」は、そういう作品です。 私にとってこの作品は、特別と言えるほど好きな作品でした。 巻数は、全五巻。 多くはありませんが、**どんな作品にも負けない「熱」が詰まった作品でした。**    #侵略できない宇宙人    この物語は、地球人が「愛」を持っていることが立証できなければ地球が滅ぶというところからスタートします。 そのテストを受けることになった人間が、主人公の直行。 直行がテストを受けるに当たって、彼のパートナーであり監視する役割を果たしているのが侵略者の道明寺さんでした。 ただ物語の最後で直行が言っているように、道明寺さん達侵略してきた宇宙人が地球を征服するのは、最初から無理だったんだろうなあと思います。 **彼らは優しすぎる侵略者だから。** 口では侵略やその星を滅亡させるなんて言いながらも、彼らにはきっとそれは出来ないのでしょう。 恥ずかしい言葉を使うならば、「愛の伝道師」と言うのがふさわしい存在かもしれません。 ***愛は何よりも尊いのじゃ!!!!*** この言葉は、侵略する側の現場リーダー的な存在のものです。 ここに彼らが伝えたいことが詰まっている気がします。 普段気にしていなかったこと、ちょっと薄れていたこと。 誰かを、何かを大切にする気持ちを忘れないで欲しい。 そういう思いを、彼らは振りまいているのだなあと思いました。 侵略するのではなく、むしろ彼らは与えている。 いや本当は持っているのにそのことを忘れている人に、こっそり教えてあげているのかもしれません。 ちゃんとあなたも「愛」を持っていますよ、と。 最終話の議長が、直行に優しくする理由を答えたとき、涙腺が緩くなってしまいました。 きっと、早く直行にその言葉を言いたかったんだろうなあと。    #ひたむきに、誰かと想いを通じさせようとする姿    友100の目的は、タイトル通りで実に分かりやすい。 友達を100人作って地球を救え、それがこの物語のコンセプトです。 子供の頃、自分がどうやって友達を作っていたかは正直覚えていません。 何となく行動しているうちに、自然と友達になっていたはずだからです。 やっぱり成長すると打算的になったりして、純粋な付き合いというのが子供の頃より少なくなって難しいと、私は思っています。 子供の頃、何もしなくても友達が作れたのは世界を閉じていなかったから。広がることが嬉しくて仕方なかったから。 コナンではありませんが、見た目は子供頭脳は大人の直行も、苦戦しっぱなしでした。 **それでも彼は諦めることなく、想いを通わせようとし続ける。** 難しいようなことでも、何度も挑戦しました。 地球を救いたいからというのももちろんありますが、それ以上にその人と友達になりたいという直行の気持ちが伝わってきます 彼の見せるひたむきな姿が、何よりも強くそれを表現している。 個人的には、3巻の銭湯の子供と友達になる話が本当に大好きです。 未来では無くなってしまった銭湯。子供の頃は気づかなくても、大人になってから気づく。 **大好きなものが、この銭湯にはいっぱい詰まっていたのだと** 銭湯の子供・井森も別の世界の未来から来ていて、この世界の居心地の良さに元の世界を救うことを諦めていました。でも直行に出会って、そのひたむきさを間近で感じて。 職もなく途方にくれていた人生を一からやり直して、その世界の直行とも友だちになって見せると。 直行も、未来に帰っても井森を探して友達になることを決意しました。 **何度でも友達になる。** この言葉に、震えるほど体が熱くなるのが分かりました。 友達だから。大切に育んだ絆だから。 魂が震えるほど、3巻の最後の話は強く強く響きました。 それと同じくらい、最終巻の5巻の山本さんと友達になる話でも胸が熱くなりました。 基本的に気取った感じの彼女が、言葉がはっきりと聞き取れない状況で直行に思いを届けるために取った行動。 **伝わるように。口の形ではっきりと分かるように。** 1ページを5段にわけ1文字1文字が発せられる様に加え、変わりゆく風景と少しずつ遠ざかる山本を本当に丁寧に描いていました。 言葉だけではなく、少しずつ離れていく姿がまた胸に来る。 **最後の一文字は特に、噛み締めるように。**本当になんかとか最後まで言い切ったという感じで。 この思いが届かないわけがない。 本当に、この山本さんと友達になる話も素敵なんですよ。 なんて言ったか分からなければ、この口の形を真似してみればいい。 きっと簡単に分かります。**大切なものをもらったときに、発する言葉だから……**    #最終話の決意    途中が良くても、最後は意外とそこまででもないなあという物語は実は結構あると思います。 悪くはないけど、それまでの良さに比べるとなあ……みたいな。 私は友100の終わりはずっとどうなるか気になっていました。 友達を100人作ったら、どういう終わりを迎えるのだろうかと。 最後の話で道明寺さんと別れ、直行に込み上げてきたものは涙。 堪えられないほどたくさんの想いが込み上げてきたのが、言葉が必要ないくらい容易に読み取れます絵がまた凄い。 ここから先しばらく台詞の描写がありませんが、とよ田みのる先生の凄さが際立つ場面です。 この後、直行の姿が子供の姿で何ページか描かれているのですが、それは彼が子供のような状態になってしまったから。 でもその子供の姿で描く前から、それが読み取れるのがとよ田みのる先生の凄いところだと思います。 **声を上げて泣く直行の姿は、まるで子供のように見えて。** 直行が幸代の元に向かうその歩き方。 迷子になって母を求めて彷徨う子供の姿そのままでした。 抱きしめる幸代は、まさに母。身篭っていることもあってか、彼女はすでに母親となっていました。 ただ陣痛が始まり、待っている間また一人になり涙を流す直行。 楽しかった過去の時代のことを思い出し、泣き続けるその姿は今までで一番幼い姿でした。 そんな彼を立ち直らせたのは、やはり友達でした。彼の元に集う、過去に作った大切な友達。 直行が見たのは幻だったかもしれません。でも、時代を超えた愛だとこの漫画は思わせてくれます。 心臓の前で手を当て、直行を指す。 **言葉なんていらない。** 僕たちは心で繋がっている。愛で繋がっている。だって友達だから 恥ずかしいことを文章にしているのは分かっている。それでも私には、そう伝わってきたんだ。 直行の手の当て方も非常に暖かい。本当に大切なものがそこにあるのだというのが、言葉以上に伝わってくる仕草です。 一番最初に彼を励ます友人が、銭湯の話の井森というのがもうニヤリです。 「未来で俺と会うんだろ」そんなことを言ったのかななんて妄想したり。 離れていても、愛で繋がっている。 彼らはその想いと同時に、直行に新たに生まれてくる命を守れという気持ちを伝えたのかもしれません。 自分たちを愛したと同じように、それ以上に、新しい命を愛せよと。 まだ目のあたりを赤くしつつも、次の瞬間には直行の顔は父親の顔になっていました。 **たくさんの愛が、直行を支えているのだともう……泣きました。** いや泣いて良いと思います。 それくらいの熱を、この漫画は伝えてきているのだから。恥ずかしいことではない。 本当に、本当に心から素敵だったと言える物語でした。 最後は駆け足気味でしたが、その「熱」は冷めること無く最後まで読者に伝わったと私は感じています。 ***「愛」こそすべて*** この漫画は誰かを想う「愛」の熱さが心に伝わる最高の漫画です。 この作品と出会えて心から幸せだと言えます。魂の震える物語でした。 カバー裏は読み終わった後、一番最後に見てください。 熱が伝わっているなら、絶対に込み上げてくるものがあるはずです。 完結から10年近く経とうとしている今も、あの最終話をリアルタイムで読んだ当時と変わらぬ熱が、読み終わった後胸の中に残っています。 **魂の震える物語「友達100人できるかな」が、私は本当に大好きです。**
心を揺らす物語を、あなたに。「友達100人できるかな」をおすすめしたいふと読み返すと、涙がこぼれそうになるくらい、胸が熱くなる。 「友達100人できるかな」は、そういう作品です。 私にとってこの作品は、特別と言えるほど好きな作品でした。 巻数は、全五巻。 多くはありませんが、**どんな作品にも負けない「熱」が詰まった作品でした。**    #侵略できない宇宙人    この物語は、地球人が「愛」を持っていることが立証できなければ地球が滅ぶというところからスタートします。 そのテストを受けることになった人間が、主人公の直行。 直行がテストを受けるに当たって、彼のパートナーであり監視する役割を果たしているのが侵略者の道明寺さんでした。 ただ物語の最後で直行が言っているように、道明寺さん達侵略してきた宇宙人が地球を征服するのは、最初から無理だったんだろうなあと思います。 **彼らは優しすぎる侵略者だから。** 口では侵略やその星を滅亡させるなんて言いながらも、彼らにはきっとそれは出来ないのでしょう。 恥ずかしい言葉を使うならば、「愛の伝道師」と言うのがふさわしい存在かもしれません。 ***愛は何よりも尊いのじゃ!!!!*** この言葉は、侵略する側の現場リーダー的な存在のものです。 ここに彼らが伝えたいことが詰まっている気がします。 普段気にしていなかったこと、ちょっと薄れていたこと。 誰かを、何かを大切にする気持ちを忘れないで欲しい。 そういう思いを、彼らは振りまいているのだなあと思いました。 侵略するのではなく、むしろ彼らは与えている。 いや本当は持っているのにそのことを忘れている人に、こっそり教えてあげているのかもしれません。 ちゃんとあなたも「愛」を持っていますよ、と。 最終話の議長が、直行に優しくする理由を答えたとき、涙腺が緩くなってしまいました。 きっと、早く直行にその言葉を言いたかったんだろうなあと。    #ひたむきに、誰かと想いを通じさせようとする姿    友100の目的は、タイトル通りで実に分かりやすい。 友達を100人作って地球を救え、それがこの物語のコンセプトです。 子供の頃、自分がどうやって友達を作っていたかは正直覚えていません。 何となく行動しているうちに、自然と友達になっていたはずだからです。 やっぱり成長すると打算的になったりして、純粋な付き合いというのが子供の頃より少なくなって難しいと、私は思っています。 子供の頃、何もしなくても友達が作れたのは世界を閉じていなかったから。広がることが嬉しくて仕方なかったから。 コナンではありませんが、見た目は子供頭脳は大人の直行も、苦戦しっぱなしでした。 **それでも彼は諦めることなく、想いを通わせようとし続ける。** 難しいようなことでも、何度も挑戦しました。 地球を救いたいからというのももちろんありますが、それ以上にその人と友達になりたいという直行の気持ちが伝わってきます 彼の見せるひたむきな姿が、何よりも強くそれを表現している。 個人的には、3巻の銭湯の子供と友達になる話が本当に大好きです。 未来では無くなってしまった銭湯。子供の頃は気づかなくても、大人になってから気づく。 **大好きなものが、この銭湯にはいっぱい詰まっていたのだと** 銭湯の子供・井森も別の世界の未来から来ていて、この世界の居心地の良さに元の世界を救うことを諦めていました。でも直行に出会って、そのひたむきさを間近で感じて。 職もなく途方にくれていた人生を一からやり直して、その世界の直行とも友だちになって見せると。 直行も、未来に帰っても井森を探して友達になることを決意しました。 **何度でも友達になる。** この言葉に、震えるほど体が熱くなるのが分かりました。 友達だから。大切に育んだ絆だから。 魂が震えるほど、3巻の最後の話は強く強く響きました。 それと同じくらい、最終巻の5巻の山本さんと友達になる話でも胸が熱くなりました。 基本的に気取った感じの彼女が、言葉がはっきりと聞き取れない状況で直行に思いを届けるために取った行動。 **伝わるように。口の形ではっきりと分かるように。** 1ページを5段にわけ1文字1文字が発せられる様に加え、変わりゆく風景と少しずつ遠ざかる山本を本当に丁寧に描いていました。 言葉だけではなく、少しずつ離れていく姿がまた胸に来る。 **最後の一文字は特に、噛み締めるように。**本当になんかとか最後まで言い切ったという感じで。 この思いが届かないわけがない。 本当に、この山本さんと友達になる話も素敵なんですよ。 なんて言ったか分からなければ、この口の形を真似してみればいい。 きっと簡単に分かります。**大切なものをもらったときに、発する言葉だから……**    #最終話の決意    途中が良くても、最後は意外とそこまででもないなあという物語は実は結構あると思います。 悪くはないけど、それまでの良さに比べるとなあ……みたいな。 私は友100の終わりはずっとどうなるか気になっていました。 友達を100人作ったら、どういう終わりを迎えるのだろうかと。 最後の話で道明寺さんと別れ、直行に込み上げてきたものは涙。 堪えられないほどたくさんの想いが込み上げてきたのが、言葉が必要ないくらい容易に読み取れます絵がまた凄い。 ここから先しばらく台詞の描写がありませんが、とよ田みのる先生の凄さが際立つ場面です。 この後、直行の姿が子供の姿で何ページか描かれているのですが、それは彼が子供のような状態になってしまったから。 でもその子供の姿で描く前から、それが読み取れるのがとよ田みのる先生の凄いところだと思います。 **声を上げて泣く直行の姿は、まるで子供のように見えて。** 直行が幸代の元に向かうその歩き方。 迷子になって母を求めて彷徨う子供の姿そのままでした。 抱きしめる幸代は、まさに母。身篭っていることもあってか、彼女はすでに母親となっていました。 ただ陣痛が始まり、待っている間また一人になり涙を流す直行。 楽しかった過去の時代のことを思い出し、泣き続けるその姿は今までで一番幼い姿でした。 そんな彼を立ち直らせたのは、やはり友達でした。彼の元に集う、過去に作った大切な友達。 直行が見たのは幻だったかもしれません。でも、時代を超えた愛だとこの漫画は思わせてくれます。 心臓の前で手を当て、直行を指す。 **言葉なんていらない。** 僕たちは心で繋がっている。愛で繋がっている。だって友達だから 恥ずかしいことを文章にしているのは分かっている。それでも私には、そう伝わってきたんだ。 直行の手の当て方も非常に暖かい。本当に大切なものがそこにあるのだというのが、言葉以上に伝わってくる仕草です。 一番最初に彼を励ます友人が、銭湯の話の井森というのがもうニヤリです。 「未来で俺と会うんだろ」そんなことを言ったのかななんて妄想したり。 離れていても、愛で繋がっている。 彼らはその想いと同時に、直行に新たに生まれてくる命を守れという気持ちを伝えたのかもしれません。 自分たちを愛したと同じように、それ以上に、新しい命を愛せよと。 まだ目のあたりを赤くしつつも、次の瞬間には直行の顔は父親の顔になっていました。 **たくさんの愛が、直行を支えているのだともう……泣きました。** いや泣いて良いと思います。 それくらいの熱を、この漫画は伝えてきているのだから。恥ずかしいことではない。 本当に、本当に心から素敵だったと言える物語でした。 最後は駆け足気味でしたが、その「熱」は冷めること無く最後まで読者に伝わったと私は感じています。 ***「愛」こそすべて*** この漫画は誰かを想う「愛」の熱さが心に伝わる最高の漫画です。 この作品と出会えて心から幸せだと言えます。魂の震える物語でした。 カバー裏は読み終わった後、一番最後に見てください。 熱が伝わっているなら、絶対に込み上げてくるものがあるはずです。 完結から10年近く経とうとしている今も、あの最終話をリアルタイムで読んだ当時と変わらぬ熱が、読み終わった後胸の中に残っています。 **魂の震える物語「友達100人できるかな」が、私は本当に大好きです。**
東京、雨、したたかに
汚れた体で、汚した体で、この世界を生きていく『初恋ゾンビ』の作者である峰浪りょう先生が、IKKIで発表した読切『東京、雨、したたかに』は、自分が「あの時」をどう生きていたか、そして今をどう生きているか少し考えたくなる作品だ。 「あの時」とは震災の記憶が薄れ始めた頃。 あの日、どこか世界は変わった。日常が日常では無くなった。 少なくとも、そう思った「はず」だった。 けれど、東京に日常は訪れた。 「それっぽい」日常が帰ってきてしまった。 **汚れた世界を隠しながら。汚した世界を隠しながら。** 主人公の少女は、そう感じる世界で生きていた。 事実がどうであれ、彼女が「そう感じていた」ことが全てで、彼女にとって、世界はとても生き辛いものになってしまっていたのだ。    #少女が生きていくためには    そんな世界で少女が生きていくためにしたことを、本作は描いている。 **彼女は自分を汚した。男に汚されることで。** それは端からすると、自暴自棄に見えてしまうかもしれない。 誰もが納得するような けれど、その行為を否定しきれない自分が確かに存在する。 私達はどこか、世界を汚れたものだと思いつつも、素知らぬふりをしながら生きている。自分はキレイだと思って。キレイなままで生きたいと思って。 少女は違った。 世界にはずっと雨が降り続いていた。地面はもう泥だらけ。 彼女が綺麗に歩ける場所なんて、もうどこにも残っていなくて。 立ち止まるしかなかったのかもしれない。 だから彼女は、泥の中で生きる覚悟をするために、自らを汚しにいったのだ。 **彼女のそれは、あくまで自分が「生きるため」の行為なのだ。** もちろん、それが正解か分からない。彼女自身も、そんなことは分かっているのだろう。 ただ彼女は、自分の中の「嘘っぽい日常」を壊したかったのだ。そうすることで初めて、自分が生きる世界が見えてくると思ったのではないだろうか。    #私達はどう生きるか    彼女の選択は、世の中にとって分かりやすい「正解」とは異なるだろう。 しかし、私はそれを選べる強さを少女に感じてしまった。 相手を圧倒するような強さではなく、**世の中の色々なことを自分なりに受け止めていくような「したたかさ」。** 泥にまみれながらも、生きていくために、自分に必要なことを選択できる強さだ。 行為が終わった後、男性に向けた笑みがまさにそうだった。 彼女はそうして、汚れた体で、汚した体で、したたかに生きていくのだろう。 汚れた手で、彼女は目をこする。 **彼女の視界はもう、開けていた。** ……という凄い読切なので、読める方はぜひ。 全体的に落ち着いたテイストでありながら、読み終わった後にひどく心に刺さってくるような作品だ。 彼女は後年、自分がしたことを「バカだった」「若かった」と振り返るかもしれない。**でもそれは「その時の彼女」が感じることで、「今の彼女」には必要な行為だったのではないか……と思わされてしまった。** 雨が降るたびに、思い出して、自分のこれまでの生き方やこれからの生き方を考えたくなってしまう気がする。 **水しぶきや泥のかかった靴で、私達は歩いていくのだから。**
汚れた体で、汚した体で、この世界を生きていく『初恋ゾンビ』の作者である峰浪りょう先生が、IKKIで発表した読切『東京、雨、したたかに』は、自分が「あの時」をどう生きていたか、そして今をどう生きているか少し考えたくなる作品だ。 「あの時」とは震災の記憶が薄れ始めた頃。 あの日、どこか世界は変わった。日常が日常では無くなった。 少なくとも、そう思った「はず」だった。 けれど、東京に日常は訪れた。 「それっぽい」日常が帰ってきてしまった。 **汚れた世界を隠しながら。汚した世界を隠しながら。** 主人公の少女は、そう感じる世界で生きていた。 事実がどうであれ、彼女が「そう感じていた」ことが全てで、彼女にとって、世界はとても生き辛いものになってしまっていたのだ。    #少女が生きていくためには    そんな世界で少女が生きていくためにしたことを、本作は描いている。 **彼女は自分を汚した。男に汚されることで。** それは端からすると、自暴自棄に見えてしまうかもしれない。 誰もが納得するような けれど、その行為を否定しきれない自分が確かに存在する。 私達はどこか、世界を汚れたものだと思いつつも、素知らぬふりをしながら生きている。自分はキレイだと思って。キレイなままで生きたいと思って。 少女は違った。 世界にはずっと雨が降り続いていた。地面はもう泥だらけ。 彼女が綺麗に歩ける場所なんて、もうどこにも残っていなくて。 立ち止まるしかなかったのかもしれない。 だから彼女は、泥の中で生きる覚悟をするために、自らを汚しにいったのだ。 **彼女のそれは、あくまで自分が「生きるため」の行為なのだ。** もちろん、それが正解か分からない。彼女自身も、そんなことは分かっているのだろう。 ただ彼女は、自分の中の「嘘っぽい日常」を壊したかったのだ。そうすることで初めて、自分が生きる世界が見えてくると思ったのではないだろうか。    #私達はどう生きるか    彼女の選択は、世の中にとって分かりやすい「正解」とは異なるだろう。 しかし、私はそれを選べる強さを少女に感じてしまった。 相手を圧倒するような強さではなく、**世の中の色々なことを自分なりに受け止めていくような「したたかさ」。** 泥にまみれながらも、生きていくために、自分に必要なことを選択できる強さだ。 行為が終わった後、男性に向けた笑みがまさにそうだった。 彼女はそうして、汚れた体で、汚した体で、したたかに生きていくのだろう。 汚れた手で、彼女は目をこする。 **彼女の視界はもう、開けていた。** ……という凄い読切なので、読める方はぜひ。 全体的に落ち着いたテイストでありながら、読み終わった後にひどく心に刺さってくるような作品だ。 彼女は後年、自分がしたことを「バカだった」「若かった」と振り返るかもしれない。**でもそれは「その時の彼女」が感じることで、「今の彼女」には必要な行為だったのではないか……と思わされてしまった。** 雨が降るたびに、思い出して、自分のこれまでの生き方やこれからの生き方を考えたくなってしまう気がする。 **水しぶきや泥のかかった靴で、私達は歩いていくのだから。**