先生の子を妊娠しました

不朽の名作が電子で復活 #1巻応援

先生の子を妊娠しました きづきあきら サトウナンキ
兎来栄寿
兎来栄寿

きづきあきらさん&サトウナンキさんの過去作品『いちごの学校』が、改題され電子書籍として刊行されました。 きづきあきらさん&サトウナンキさんといえば、人間の闇や病みを描くことに定評のあるコンビで私は名前を見掛けたら必ず作家買いするほど好きです。代表作は『ヨイコノミライ』や『うそつきパラドクス』などが挙げられると思いますが、場合によってはこちらを最高傑作と推す人もいるほどの名作です。 改題された新タイトルの通り、本作は女生徒が先生と関係を持ち子供を孕んでしまう物語です。一般的な恋愛マンガでは、男性教師×女生徒という組み合わせはそれなりにポピュラーなジャンルです。しかし、本作の場合はそれが非常にリアルで重いものとして描かれます。 特に印象的なのは、女生徒を妊娠させた主人公の「責任」。「責任を取る」と口で言うのは簡単でも、実際にそうなってしまった時にどうするのが「責任を取る」ことになるのか。相手に対して、相手の親に対して、自分の親に対して、学校に対して、同僚に対して、生徒に対して、そして自分の子供に対して。 愛する気持ちがすべてに勝る甘美で絶対的なものだったとしても、その先にある果たすべき道義や免れない誹りと向き合った時に、生身の人間はどうしたって削れます。現実がそれほど容易くないことを、重みを持って描いています。 主人公が受け持つ現国のテストのように曖昧な部分はあったとしても、それでも学校のテストには答があります。しかし、人生には定型の答はありません。幸せとは相対比較したり誰かに決められるものではありませんが、それでも愛する人と結ばれ愛する人との間の子を授かった彼らが、本当に幸せと言えるのだろうかと考えずにはいられません。 引用される『星の王子さま』や『ひかりごけ』やボードレールなども人によって解釈が様々に分かれる作品であり、そのことを一層強調しているように感じます。 1話ラストの ″自分の命が自分のために存在しなくなった とりあえず今 それだけはわかるんだ″ というモノローグが昔からとても好きでしたが、かつて読んだときよりも実感を伴っています。 余談ですが、甘々な夫婦生活部分と学生時代のツンツンな時の対比をシンプルなラブコメとして描いたら今のTwitterではバズりそうだなぁと詮無きことを思いました。

触れて、かさねて、溶けあって

羽鳥さんは抱かれたい #1巻応援

触れて、かさねて、溶けあって 梅野うに
兎来栄寿
兎来栄寿

人はみんな愛し、愛されたい。 でも、それが簡単には叶わない。 叶ったら苦労しない。 だから、不器用に藻掻いて、傷ついて、傷つけてしまう。 大学生のころにマルチにハマリ、友人もお金も失ってしまったOL・羽鳥美鈴が主人公。趣味はAV鑑賞。配信サイトの新着通知が来るように設定までしているガチ勢です。そして、自分では未経験のセックスに憧れを抱いています。 美鈴の上司・藤堂は、イケメンで最近課長に昇進もしたデキる男。しかし、過去に女性向け風俗でセラピストをしていたという秘密がありました。その秘密に気づいた美鈴が、藤堂に抱いて欲しいと懇願するところから始まる物語です。 美鈴がセックスをしたいと望むのは、その行為が誰かと深く心から繋がることのできる他に代替のない行為だと想像しており、誰とも心を通わせたことがない美鈴はそれに憧れているから。しかし、そのために「元そういうお仕事」の上司にお願いするというのは、自分でも「普通に最低なのでは…?」と自問している通りでこれが男女逆だったらセクハラどころでは済まない案件でしょう。 ただ、藤堂も訳あり感を全身から溢れ出しており、かつ美鈴の想いが切実であることも伝わって課題をクリアできたら美鈴の願いを叶えることを約束してきます。果たして、美鈴は望みを叶えることができるのか……。互いの状況的に簡単にくっつけるような関係でもなく、ふたりの行く末が気になるところです。願わくば、傷だらけで真面目に生きてきた美鈴に真の幸せが舞い降りてきて欲しい……。 本作は脇役たちも良い味を出しています。特にイケ美女先輩の神埼さん。仕事はできるけどサバサバしており厳しくも優しそうな良い姉御キャラなんですが、一抹の闇を感じさせる描写に彼女が裏に抱えているものも気になります。 電子限定ですので、書店では見つからないためご注意ください。

やがて明日に至る蝉

センシティブなシリアスからグルメコメディまで #1巻応援

やがて明日に至る蝉 ひの宙子
兎来栄寿
兎来栄寿

先日、『最果てのセレナード』の記事で触れたひの宙子さんの短編集です。2021年から2023年にかけて『フィール・ヤング』に掲載された5つの作品が収録されています。 ただ、それらの作品の温度差たるや最近の三寒四温な気候に匹敵するほどです。作者自身があとがきで言及しているように「振り幅すごい」。でも、そんなところもまた短編集の味わいの良さの内であろうと思います。 14歳になった主人公が「はる」に手紙を送るシーンから始まる表題作である「やがて明日に至る蝉」は、一見青春群像劇のように見えます。が、読み進めていくとただのそういったお話ではなく、あるテーマに取り組んだ作品であることが解ります。苦心しながら描き切ったであろうことが伝わってくる内容ですが、相変わらず構成力が高いなあと唸らずにはいられませんでした。 続く「折って切らない」も、『フィール・ヤング』らしさを感じる1篇です。マイノリティの生き難さ、とりわけ一番身近な存在である家族から理解を得られない辛さは特別大きいものですよね。最終ページのメールの文面にとても共感してしまいました。同じような共感をするであろう、かつての友人たちが元気に平穏に暮らせていることを祈ります。 「ホタテガイの女」と、「タラバガニの男」はひの宙子さんがギャグやグルメに振り切っても素晴らしい作家であることを示すお話です。1コマ目のセリフが "あなた七輪持ってるでしょう" から始まる男女の物語、端的に大好きです。ここで描かれる、最高のホタテガイやタラバガニのシズル感たるや、並のグルメ番組が裸足で逃げ出しそうなレベルです。色も、音も、匂いも、存在しないはずのモノクロの画面からすべてが伝わってきます。最高のホタテガイを最高に美味しく食べるために、ジョルノ・ジョバーナのように敬語でまくし立てるところの愛しさよ。読んだら貝焼き味噌という犯罪行為を犯したくなること請け合いです。 総じて、お薦めの短編集です。連載の『最果てのセレナード』や、4年前に発売された『グッド・バイ・プロミネンス』とあわせてぜひ。