銀太郎さんお頼み申す

未知の文化に飛び込む勇気

銀太郎さんお頼み申す 東村アキコ
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

この作品で印象深いのは「言葉の通じなさ」だ。 カフェ店員の主人公女性が、お客の着物美女を師匠と仰ぎ着物文化に入ってゆく物語だが、この主人公、徹底的に素人。文化が違う。 師匠が発した言葉が誤変換されて主人公に届くやりとりが面白いのだが、そこにあるのは完全な文化の断絶。懸命に喰らいつく主人公だが、一つの用語を理解するまでがもどかしい。 私は着物文化に憧れて、いくつかの着物マンガ(『恋せよキモノ乙女』『またのお越しを』など)を読むのだが、知識が足りずについてゆけないことがある。詳しく解説がついているにも関わらずだ。 『銀太郎さんお頼み申す』は、主人公のゆっくりな理解速度が素人の私を置き去りにしない。そして彼女に教える師匠や周囲の女性たちが(時々呆れながらも)きちんと教えてくれるのが良い。失敗のフォローも優しい。 主人公はどうして助けてもらえるのか。それは彼女が本気で喰らいついているから……それくらいしか今のところ思い当たらないが、案外そういうことが大事なのかもしれない。 恐らく私が未だに着物物文化を理解できないのは、そこに入ってゆかないから。一方本作の主人公は無知だが、自分の求めるものはこれと決めて飛び込み、上手くいかなくても諦めず、少しずつでも成長を喜ぶ。そんな姿勢が文化を楽しむための、いちばんの「センス」だとしたら……そう思うと、不器用な彼女を羨ましくさえ思った。

血を這う亡国の王女

屍山血河の女の闘い #1巻応援

血を這う亡国の王女 我妻幸
兎来栄寿
兎来栄寿

表紙や巻頭カラーの目を奪われるような美麗さ。 美しいだけではなく迫力溢れる緻密な絵によって紡がれる、厳酷で慈悲のない物語。 1話目を読んだ瞬間、これは凄まじい新作が登場したなと感じました。 中世の西洋的世界観の架空の諸国を舞台に、亡国の姫に襲い掛かる過酷な運命。国も家族も奪われて姫から家畜同然の存在へと堕とされた主人公が、娼婦として成り上がりある「作戦」を実現するための闘いの様子が描かれて行きます。 実際に歴史上で多々起こって来た戦勝国による略奪や陵辱行為。蓋されがちな側面を、ここまで良い意味で悪辣かつ美麗に描く作品は寡少です。 読んでいて息が詰まるような苦しさがある一方で、暗黒の中から生まれる背徳的なカタルシスも存在します。残酷な運命や世界と対峙する、鬼気迫る表情がそれをアクセラレートしており秀逸で必見です。 エログロが苦手な方にはお薦めしませんが、『狼の口 ヴォルフスムント』や『ブラッドハーレーの馬車』的な作品を好む方には非常にうってつけの物語です。 我妻幸さん、四季賞の「360°の思い出」の後はマンガよりイラストの方面でプロとして活躍されていたようですが、とてつもない画力である上に前作からの振り幅を考えると引き出しも多そうで、さまざまな物を生み出してくださりそうな期待が募ります。

発達障害なわたしたち

大人の発達障害について #1巻応援

発達障害なわたしたち 町田粥
兎来栄寿
兎来栄寿

『マキとマミ~上司が衰退ジャンルのオタ仲間だった話~』や『吉祥寺少年歌劇』の町田粥さんが、担当編集のK成さんと共に当事者として「大人の発達障害」についていろいろな方々の話を聞いていくエッセイマンガです。 K成さんといえば、マンガ好き界隈では和山やまさんを2000字の長文DMで口説き落とした事件が有名ですが(そこから『女の園の星』が生まれたのは素晴らしいですね)、他にも ・高野ひと深さん『ジーンブライド』 ・池辺葵さん『ブランチライン』 ・ためこうさん『ジェンダーレス男子に愛されています。』 など錚々たる作品・作家さんの担当をされています。個人的には西つるみさんの作品でのイメージも強いです。私は町田粥さんの作品が大好きなこともあり、連載開始時から親近感を持って読んでいました。大事なテーマを丁寧に扱いながらも、笑いも多く取り入れられていて楽しみながらたくさんの学びを得られる内容です。 本作では、カメントツさんなどの同業者や、発達障害の方の支援を行なっている企業の方、医師など、発達障害の当事者や発達障害に詳しい方々が出てきて諸々の角度から語られます。 それぞれの人ごとにそれぞれの特性があり、「ケアレスミスが多く、クラスの忘れ物チャンピオン」「片付けが苦手でカーテンフックは取れたまま」「やりたくないことはやれない/先延ばしにする」、「マルチタスクは苦手だがひらめきやデザイン力には秀でている」、「書類の管理や毎日コツコツが苦手」、「フリマサイトでの発送作業が無理」、「人の顔や名前を覚えるのが苦手」などなど、実例を伴ってさまざまな事例が語られます。 それに対して、「約束をしない」、「カバンを替えない」、「家から出ない」、ヘルシオやホットクックやドラム型洗濯機を活用するなど実践的な対策も多々。何かしらか社会で他の人と上手く行かないと思っている人が読むと、自分もこの類型なのかもしれないと解って大きな助けになるかもしれません。私自身も当てはまる項目が結構あるので、1度診断を受けてみたいなと思わされました。 また、カメントツさんの「よく会話はキャッチボールと言われるが、キャッチボールでなくて良い」という件はなるほどなと思わされました。考え方ひとつを知るだけでも、進む相互理解が溢れています。 心の病気ではなく、脳の働きの違いである発達障害。いまだに理解から程遠い環境もあると思いますが、この1冊を読むだけでも相当に解像度が高まり世界が優しくなるのではないかと思います。スーパーで朝だけ放送を流さない静かな時間帯を設けることで、情報量の多さに苦しくなる人の助けになるなどは日本の店舗でも広まって欲しいです。 また、発達障害の当事者が苦手なことを最初から明文化しておくのはお互いにとっての不幸の芽を刈り取ることに他なりませんし、それが自然にできる社会になれば良いと思います。 余談ですが、『ポポロクロイス物語』や『ボクと魔王』が好きな方に食いつくところ、好きです。