竜送りのイサギ

人の首を斬り、龍を殺す覇道の英雄譚 #1巻応援

竜送りのイサギ 星野真
兎来栄寿
兎来栄寿

『男子の品格』『ノケモノたちの夜』の星野真さんの新作は、根幹の大きな設定に魅力がある和風ファンタジーです。 この世界には龍がいて、それは多くの人にとっては吉祥の象徴。しかし、流刑島で罪人の首を斬る役目に就く主人公イサギに剣を教え込んだ名将・タツナミだけは違いました。ただひとり龍にまつわる「ある仮説」を立てており、そのために龍を殺すという大罪を為したのです。 龍殺しはいわば多くの人にとって信仰の対象となっている神を殺したも同然です。しかし、その真意をイサギとタツナミの息子のチエナミだけが知ることとなり、その真相の確認とそれが本当であるならば龍を殺さねばならないという大業を為しに向かう物語となっています。 恐らくその目的が人々に知られれば、狂人と罵られるような蛮行に映るでしょう。ほとんど誰にも理解されない、けれどその理解してくれない数多の人々を救うために孤立無縁の戦いに挑んでいく。その、哀しくも気高い構図が堪りません。 また、罪人ならまだしも時には裁かれるほどではない者の首も斬り続けてきたであろうイサギ。彼の背負った闇もこの作品の雰囲気を形作っています。望むと望まざるに関わらず斬った相手の持つ記憶を垣間見ることができるという能力を持つイサギは、逃げられない仕事を通じてさまざまなものを見てきたことでしょう。常人では堪えられないほどの重苦を味わってきたイサギから時折覗かせる闇もまた、この作品のポイントです。その闇があるからこそ、緩急をつけたシーンも際立っています。 何よりも星野真さんの絵が良く、ひとつひとつの表情、ひとつひとつの眼の力がとても魅力的です。イサギがタツナミから授けられた剣の腕前を発揮するシーンを始めとして、アクションシーンの迫力も圧巻です。 辰年に相応しく、今年読みたい作品のひとつです。

ブブとミシェル

死を側に置く孤独な少年と、堕天使の出逢い #1巻応援

ブブとミシェル コドモペーパー
兎来栄寿
兎来栄寿

『十次と亞一』のコドモペーパーさんが描く、絵本のようなファンタジーです。 "日曜日の朝は 堕天使が降る" という、印象的なフレーズから始まる本作。 主人公は両親を亡くしてしまい幼い身でありながらひとりで暮らす少年ミシェル。天国から追放され地面に着くころにはいろいろな姿に変貌して死ぬ堕天使の死骸を使った「堕天使パイ」を作り、ミシェルは生計を立てています。そんなある日、ミシェルは堕天使の卵を発見して家に持って帰ります。やがて、その卵から堕天使が生まれ、彼はかつての愛犬と同じブブという名前を与えます。赤ちゃんのように本邦で世話が焼けるブブですが、こうしてミシェルとの不思議な共同生活が始まります。 堕天使の寿命は地上に落ちてからたったの7日。両親を亡くして以来ずっと孤独でもう別れの辛さを二度と味わいたくないミシェルは、最初はブブを突き放します。生きている堕天使は、売れば安くても金貨30枚。ミシェルにとってみればスリをして糊口を凌がなくても良くなる大金です。しかしながら、それでもブブはミシェルにとって段々と掛け替えのない存在になっていきます。その過程が、非常に堪りません。与えられた僅かな時間で、ミシェルは果たしてどのような決断をしていくのでしょうか。 得体のしれない堕天使という存在があることで、常に世界観には不穏さが漂っています。ただ、そこが逆にこの物語がファンタジーでありながらもどこか現実と地続きである観想を生み出しているとも思います。多くの人々が忌む存在。しかし、それによって生かされている人もいるという世界の多様さ。また、世界にはどうしたって理解しがたいものや自分の手ではどうしようもないものがあるということ。堕天使はそんなさまざまなことやものの象徴となっています。 そして、何より主人公ミシェルの幼いながらに死を意識して身近に置きながら日々の生活を必死に営んでいるさま。本当はいつだって泣き伏したいほど辛い状況でありながら亡き両親のことを想いながら強く生きるさまにに感じ入ります。そんな彼に手を差し伸べようとしてくれる、隣家のネリのような存在がいることも胸を暖かくしてくれます。きっと、本書を読んだときに孤独の深淵にいる自らに光を当てられたように感じる人がいることでしょう。ミシェルは自分だ、と思えるような人が。何よりそういった人に届けたい物語です。 宣伝になりますが、以前に私が行った路草編集部へのインタビュー記事も併せて読んでいただけると、本作もより楽しんでいただけるかと思います。 https://manba.co.jp/manba_magazines/24676