あらすじ超文明からもたらされた超光速航法やタイムマシンが一般に行き渡った宇宙で、飢えや苦痛を遠ざけた地球人たちは他の知的生命と協力しながら不安のない生活をしていた。唯一、不安があるとしたらこの宇宙はやがて死んでしまう事。生命は天体さえ超えて長く存続できると信じる者たちにより姿を変えていく世界。キノシタコウジをはじめとする ”生き物という物質” の姿や行動を描くシリーズ第2巻。
早岬周さんが2019年から今年にかけて公開していた、5篇のお話を1冊にまとめたSF連作短編集です。 最初の「キノコの宇宙ライセンス」は、田舎に住む13歳の少年・木下コウジの視点で始まる卑近なお話……と思っていたら突然 「先進宇宙人同盟と地球人との間の取り決めに基づきタイムマシンや超高速航法など超技術の提供を受ける代わりに適性検査を受け同盟に貢献でいる人材の発掘・育成をする」 という大きな設定が出てきてテンションが高まりました。スケールの大きな話と、思春期の少年らしい諸々が同居している混沌が良いです。 その次の「イソギンチャク管理人」では 「宇宙の終末期で水素すら薄くなったので、人工の太陽系を作るための水素を集めて送る光速の20%で推進する水素収集機(ハイドロジェンスクレーパー)」 が登場。更に本著の表題にもなっている「時間球」も登場し、クリスとミチ(前話のコウジの妹)の恋人たちの関係性と共に、物語は進んでいきます。ここでも、人間のプリミティブな感情とSF色全開な設定・展開が交錯します。 第1部・第2部・第3.1部に分かれた「太陽がその場所で輝く理由」では、ミチが「太陽系作成オペレーター」として太陽系を作る仕事を行う中でのある事件が描かれます。現実世界には存在しない常識がある世界での倫理の揺さぶりや問い掛けもまたSFの醍醐味を感じられます。SF的な問題をSF的な手法で解決しながら、第3.1部ではまた非常に人間的な味わいに回帰しているのも、センスオブワンダーとはまた別種の何とも言えない良さがあります。 「クリスはパートタイム警官」は、冒頭からマムシだと思ったらヤマカガシだったなど特に田舎らしさが前面に出ているお話。夕焼けの下をトンボが飛んでいる田舎の原風景も美しく、たまりません。そこにサンドイッチされる、クリスのパートタイム労働。折り畳まれた空間により暴力を100%反射する「アテナの盾」を用いて、暴徒と戦う警官クリスの姿。その先で起きる予想外の展開が見所です。 最後の「宙翔かける審査官キノコ」は、最初の「キノコの宇宙ライセンス」と繋がるお話。かつての知り合いと、新しく見つかった星の住人審査をしに行きます。一見、とても可愛い何かの裏側にあるものは……。そして、「キノコの宇宙ライセンス」で描かれた夜の真相に迫っていきます。 太陽が死んでも、宇宙が死んでも、永遠性を持って生きようとする知性体の物語。端的に言って、私は大好物です。 背景の精密さは一般のメジャー誌に載っている作品と比べても遜色ありません。作家性が非常に強いので、そういったタイプの作品を好む方やSF好きの方にお薦めします。