あらすじ

第11回文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞に輝く今最も熱い学園ドラマコミック。今回は女生徒、小川の叫びに鈴木先生が純文学的カタルシスを感じ、そして先生の性的信条が露わになったり…。相変わらず波乱万丈の展開!
鈴木先生1

鈴木先生が苦悩すればする程、我々はワクワクする(江口寿史談)。新聞・雑誌の書評でも大絶賛の本作。ささやかな問題も重大な試練も全力で挑む、まったく新しい教師像。平成18年度文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品。鈴木先生の流す脂汗と身に帯びたループタイは「誠実の証」!

鈴木先生2

ささやかな問題も重大な試練も全力で挑む、まったく新しい教師像。彼が担任のクラスでわき起こる事件に真摯に対応するシリアス教育ものに見せかけたパロディ!?鈴木先生は、現代の金八先生!?大好評のシリーズ第2巻!!

鈴木先生3

鈴木先生の流す脂汗と身に帯びたループタイは『誠実の証』!新聞・雑誌の書評でも大絶賛の本作。ささやかな問題も重大な試練も全力で挑む、まったく新しい教師像。大好評のシリーズ第3巻!

鈴木先生4

第11回文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞に輝く今最も熱い学園ドラマコミック。今回は女生徒、小川の叫びに鈴木先生が純文学的カタルシスを感じ、そして先生の性的信条が露わになったり…。相変わらず波乱万丈の展開!

鈴木先生5

第11回文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞に輝く今最も熱い学園ドラマコミック。今回は女生徒、小川の叫びに鈴木先生が純文学的カタルシスを感じ、そして先生の性的信条が露わになったり…。相変わらず波乱万丈の展開!

鈴木先生6

恋人の麻美さんが妊娠!その事実が生徒達の知ることとなり、クラスは大騒ぎ。出来ちゃった結婚の是非が夏休みクラス討論の議題となる。鈴木先生が被告席に座る前代未聞の鈴木裁判が開廷。その様子は、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」のミーチャ裁判にも比すべき様相を呈する。第6巻は、先生生徒の激しき情念がほとばしる。必見!

鈴木先生7

「漫画アクション」で好評連載中の本作。前巻から引き続き「鈴木裁判」編が展開。担任教師鈴木のできちゃった結婚に対し、生徒たちがクラス討論を開く。そこに渦まく疑惑、不信、嫌悪、告白、焦燥、覚悟…。圧倒的迫力の論戦と笑いが読者を離さない。

鈴木先生8

怨霊足子先生の呪詛に、聖職者鈴木は蝕まれる!?かつてこのような腑抜けな鈴木先生を読者は見たことがあるだろうか!?本巻では、鈴木先生と足子先生の暗闘を描いた「足子…その後に」編、生徒たちの思惑・野望が飛びかう「生徒会選挙!!」編を収録。

鈴木先生9

白熱する生徒会選挙。経験に長けた南條。2年A組の姉御、中村。ジレンマに苦悶中の神田。ひそかに牙を磨ぐ西…。いったい生徒会長の座は誰が…!?本作最長のシリーズ編、いよいよ完結巻!

鈴木先生10

文化祭の「ひかりごけ」公演に向けて、準備に入った鈴木先生率いる2-Aの面々。また、「リア王」を上演する2-Cと、初のオリジナル劇「神の娘」に挑戦する演劇部も、稽古をスタートしていた。しかし、緋桜山中学校近所の公園で稽古に入った演劇部を出迎えたのは、そこにたむろしているオジサンとキモい男たちの冷たい視線だった。公園での舞台稽古が思わぬ波乱を呼ぶことになるが…!?

鈴木先生11

ミツルの逮捕を受け、どんどん精神の暗黒面にはまっていってしまう勝野ユウジ…一方、緋桜山中学の面々の演劇勝負もさらにエスカレートし、文化祭での披露に向けての猛練習が続いていた。そしてついに、文化祭を目前に控え、ユウジが行動を開始する。緋桜山中学へ武装して侵入し、小川蘇美を人質にとるユウジ。彼の凶行を止めることはできるのか…感動と興奮のエンディングが待つ、「鈴木先生」最終巻!!

鈴木先生

教育と洗脳の違いとは何なのか…

鈴木先生 武富健治
名無し

ドラマ化も映画化もされた『鈴木先生』の連載中から今でも、先輩と飲む度に鈴木先生の教育論を「鈴木メソード」と呼んで、あーでもないこーでもないと盛り上がっています。先生が主人公の漫画は枚挙にいとまがないですが、その中でも『鈴木先生』は異色だったからです。これまでの先生漫画は、生徒が非行→先生が説教→改心というパターンや、生徒がヤクザと援交→先生がヤクザを殴る→改心という、ざっくりとしたイメージがありました。生徒に対する“愛”を叩きこめばなんでも治るというアナログ電化製品に対するかのような発想、たいへんおおらかな時代でしたね。けれど、『鈴木先生』は違います。「いくら強く言われても、自分で納得していないことを人は修正できない」という当たり前だけど難しい現実に鈴木先生は挑戦します。生徒本人が納得し、自分自身でよく考え、行動できるようになることが目標なのは、現実と変わりませんが、そこに至る物語は険しいものばかり。物語の始めでは生徒一人が相手だったのが、やがて保護者も交えてのものになり、最後には学校全体へと鈴木先生の“教育”の場は広がっていきます。鈴木先生は加害者、被害者、保護者、同僚の先生という考え方の違う人々が、思うままに自分の考えを述べる中で、流れを作って教育をするという離れ業をするのです。注目を集めるためにときに声を荒げることもしますし、生徒にわざと殴られることもしますが、それも手段でしか無い。情動的な行動すらも全てコントロールしながら、生徒指導という複数の勢力が拮抗し、リアルタイムに変化する戦場で、鈴木先生は最善手を探し続けるのです。面白いのは、鈴木先生に教えられ、自分で考えることが出来るようになった生徒たちは「鈴木メソード」の尖兵として、その後の鈴木先生の“戦い”の重要な役割をになっていくようになることです。つまりミニ鈴木先生として、他の生徒を誘導するのです。この感化された生徒の役割によって、鈴木先生は学校全体を巻き込むような大きな舞台でも戦うことができるようになるのですが、はたして教育と洗脳の違いとは何なのか…考えさせられます。『鈴木先生』には他にも謎や考察すべき点がたくさんあります。鈴木先生の評判が上がるごろに壊れていってしまう周囲の先生…。鈴木先生お気に入りの小川という生徒の存在…。「鈴木裁判」と“鈴木先生”の完成などなど、読む度に新しいことに気づき、疑問がわきます。今の私の疑問は『「鈴木メソード」から、鈴木先生の想像を上回る生徒が誕生するのだろうか』というもの。まだまだ呑み屋で盛り上がれそうです。