児童相談所に子供が保護されると親子といえども再び一緒に暮らせるようになるまで大変なんですね。でも児童相談所もそれが仕事ですし、その判断を間違えてはいけないので仕方ないですが、それって親側からしたら他人には言いたくない話だろうからリアルな体験が読めるのは貴重かもしれませんね。 https://note.com/shuho_sato/n/nbbe9ae0c0a6c 原作者のインタビューから察するに娘さんと離れて暮らすことになった原因はフィクションにしてあるみたいだけど、自分の不甲斐なさを悔やんでることや娘さんへの愛情は漫画からもとても伝わってきた。作品にすることに意味があったと思う。
前作モリのアサガオから10年後。舞台は2020年の東京になっています。親友にまでなった渡瀬の死刑執行に自ら望んで携わったとはいえ精神を病んでしまった主人公の及川ですが、たま拘置所で再び刑務官として死刑囚と向き合うことになります。今回は実在する犯罪者をモデルにしたキャラクターが多くいて序盤から期待値が上がっています。どういう形態で描かれているのか分からないんですけど、最新4巻が2024年7月に出てるから現在も絶賛制作中ということでいいのかな?早く続きが読みたいです。
死刑という重いテーマと真正面から向き合った作品です。父親のコネで刑務官になり死刑囚と接することになった実直な性格の主人公・及川。凶悪殺人犯のことが怖いと感じるのは彼らのことを理解しようとしないからだ…という考えに至ってからは、積極的に彼らと関わり更生の道を一緒に模索するようになります。しかし心を入れ替えて自らの罪と向き合ってもすでに決まっている死刑からは逃れることは出来ません。いくら凶悪殺人犯とはいえ国が人を殺してしまう、命を持って罪を償うという死刑制度は本当に正しいのか、主人公は疑問に思うようになります。 登場する死刑囚たちの中でも渡瀬という男と主人公の物語を主軸に描かれていますが、個人的には食堂を経営していた家族を惨殺してしまった星山がメインの回が一番心に残りました。主人公が人形を手作りして家族というものを思い起こさせて自分の罪を認識させることに成功する訳ですが、改心してすぐに死刑が執行される展開にはなんとも言えなくなりました。そういう流れを組みながら親友と言えるまで深い仲になった渡瀬からの「死にたくない」という望みを主人公が却下したのには驚きです。最終的には疑問を持っていた死刑制度についても、死と向き合うことが自らの罪を反省するきっかけに繋がるんじゃないかという考えになっていました。 しかしモリのアサガオ2で、渡瀬の死に携わってから主人公が精神を病んだことが描かれていて、やはりこの問題は深い森の中にあるのだなと思いました。
きらきらひかるの続編ではありますが、主人公が2人に増えて、ひかるではない方は「霊が見える」体質の監察医。なので、なぜ死んだのかという謎の解明において霊の存在が必要不可欠になるという特徴があります。 個人的にはきらきらひかるとは別物の、ほぼスピンオフみたいな感覚で読みました。なんでこういう設定にしたんだろう?とちょっと不思議になりました。
恋も友情も憧れも嫉妬も全部混ざり合ってぐちゃぐちゃな感情。初恋とか青春よりもっと手前の、名前もつかないような日々が鮮やかに描かれています。 クラスではあまり目立たない少年・薫は、東京からやってきた転校生の美少女・上野さんと仲良くなります。 勉強もスポーツも得意な人気者・藤原くんも、どうやら上野さんのことが気になってる様子。 でも薫が本当に気になってるのは、上野さんより藤原くんの方で……。 ちょっとお話するだけで、一緒にサッカーできるだけでうれしかったのに、認められたくなったり勝ちたくなったり。 でも結局一緒にいる時間がいちばん幸せだと気づく。 薫が藤原くんに抱く感情は紛れもなく恋だと思うけれど、感情に名前なんていらないのかもしれません。 薫を見つめ続ける泣き虫の女の子・今日子がめちゃくちゃかわいくて好きです。登場する子たちがみんな健気で愛おしくなりました。
完全なるフィクションだったらよかった、原作者と切り離して読むことができたらよかった。 事件のことを描くわけにはいかないのも、漫画として読みやすく成立させなければいけないのもわかるけど、なんだか受け入れきれないでいる。 作中の主人公も相当に愚かな男だ。 自覚ないまま親になってしまい、子どもが産まれても変わらずにいる。 妻が事故で意識不明になって、やっと妻の苦労に気づく。子どもを施設に預けてしばらく経って、やっと父親の自覚が芽生える。 完全なるフィクションだと思って読んでいたら腹が立つほど愚かだけど、逆に原作者の人となりと結びついて納得できる。 どんな悪い人もだらしない人も優しさや悲しさを抱えている。傷ついても傷つけても人は絶対にやり直すことができる。 それは当たり前だけど、当たり前だからこそ受け入れられないこともある。 子どもを思う気持ち、妻を思う気持ち、そこは真実なんだろうなあ。だからこそやるせないなあ。 わたしは郷田マモラの作品が好きだ。弱くて傷つきやすくて優しい人なんだと思っている。 傷ついた人も傷つけた人もみんな傷が癒えますように。優しいままであり続けられますように。やり直せますように。
傷つけても傷ついても、やり直せるはず。人間は完璧な形をしていないから、間違えたり失敗したりするけれど、何度でもやり直せるはず。 どうか、そんな世界でありますように。 欠けていたり傷のあるひとたちが、風だったり空だったり周りのひとだったりをきっかけに再生していくお話が3つ収められています。 読んでいて心が苦しくなる瞬間はあるけれど、どれも優しい作品です。 作者と作品はある程度切り離して見るべきだと個人的には思っています。 でも、この3つのお話はどれも優しすぎて痛すぎて、郷田マモラ先生が過去に起こした事柄について思いを巡らせてしまいました。 人を傷つけてはいけないし、一度傷つけたり壊したものは完璧に元に戻ることはないです。傷ついたものも傷つけたものも、そのまま生きていくしかないのです。 ひとは変われるけど、起こしてしまったことは変わらない。罪も過去も変わらない。 それでも、人はやり直せるはず。切実な祈りが鳴り響くような作品でした。 間違いなく、優しい作品だと思います。
セナちゃん好きですねえ。たぶん友達にはなれないと思うし、テンポも性格も合わない気がしますが、好きです。 おしゃべりで真っ直ぐで、所謂性格が良いとか優しいとか善人ではないけれど、彼女なりの正義感があって筋が通ってる。義理人情に厚いとはこういう人のことを言うんだろうなあ。 例えお客さんであろうと媚びへつらうことなく自分を貫くセナちゃん、が運転するタクシーに乗ってみたいかというと…どうだろうなあ…。旅先で乗せてもらえたら楽しいかも、法定速度ガンガン越えて逆走されたらさすがに嫌だけども。 でもこんな人と一度でも出会えたら忘れられない思い出になりそうだし、缶コーヒーもらったらまた会いたくなっちゃうだろうな。 やっぱりセナちゃん好きですねえ。読めばきっと好きになるはず。
死んでしまったひとに、何故死んでしまったのかを問うてもわからない。残されたひとは残されたものから何かを拾い集め、つなぎ合わせて、生きていくしかない。 真言のように幽霊が見えて解剖ができて警察官の友人がいれば別かもしれないけれど、それでも真実にたどり着くのは難しいことだ。 無念を晴らす、真実を突き止めるという行為は死んでしまったひとのためでもあるが、残されたひとが前を向いて生きるための行為でもあるのだと思う。 真言の能力によって、死んでいったひとたちだけではなく残されたひとたちも救われているのだ。 世の中の多くのひとは、幽霊も見えないし医者でも警察でもない。真言のように真実に向かって突き進めるひとは一握りだ。 それでも、残されたひとは生きていかなければいけない。死んでいったひとのことを忘れずに、できうる限りのことをして、前を向いて生きていかなければならない。 生きているひとにも、死んでいったひとにも救いがある世界でありますように。 最後のお話で真言自身にも救いがあったのがよかったなあ。 決して押し付けがましくなく、前を向いて生きるひとを優しく支えてくれるような作品でした。
タクシードライバーの仕事は地味だけど、毎日入れ代わり立ち代わり乗車してくるたくさんの人間と関わる仕事。セナが毎日タクシーを流すのも、カオスな街である。女だからとなめられることもしょっちゅうだけど、元ヤンらしい気の強さで無理なお願いをする客や、面倒くさい客、頭のおかしい客にも怯まない。関西弁も強いし、口も悪いんだけど、お願いされると断れないセナ。人情深さが伝わってきます。 タクシー運転手って「世の中にはいろんな人間がいる」ということを誰よりも身を持って知っている職業だと思った。自分がやれるかと言われたらやりたくないけど、人間観察をしたかったらこんなふさわしい仕事はないかもね。
児童相談所に子供が保護されると親子といえども再び一緒に暮らせるようになるまで大変なんですね。でも児童相談所もそれが仕事ですし、その判断を間違えてはいけないので仕方ないですが、それって親側からしたら他人には言いたくない話だろうからリアルな体験が読めるのは貴重かもしれませんね。 https://note.com/shuho_sato/n/nbbe9ae0c0a6c 原作者のインタビューから察するに娘さんと離れて暮らすことになった原因はフィクションにしてあるみたいだけど、自分の不甲斐なさを悔やんでることや娘さんへの愛情は漫画からもとても伝わってきた。作品にすることに意味があったと思う。