新訳罪と罰

弱者の魂なんぞ救ってやらんとでも言わんばかりの

新訳罪と罰 柳沢きみお ドストエフスキー
野愛
野愛

柳沢きみお先生にとっては格差社会も資本主義も大した問題じゃないのだろう、強者の理論で生きてる人だ、と思わせる作品。 原作を読んだのは数十年前なのではっきりとは覚えていないが、ドストエフスキーは強者の理論の人だと思った記憶はない。つまりこれは柳沢きみおオリジナルだ。 舞台は現代の東京に置き換えられているけれど、ストーリーはほぼ原作通りである。でもオリジナルだと言いたい。 苦悩の果てに殺人を犯す主人公・龍一がひたすら醜悪で傲慢で、とても有能な人物には見えない。やれ貧困だ不幸だと言うが、同情する気にはとてもなれない。 ラスコーリニコフが強迫観念に囚われ、狂気に取り憑かれていく様とはまた違った印象を抱いた。 雑な言い方をすると、龍一はただのちょっとヤバいやつ程度の描かれ方だと感じた。 それでこそ柳沢きみお先生だよなあ、と思った。 弱者に寄り添うような視点なんて、格差社会や資本主義に対する疑問なんて、描かれなくていい。いつまでもマッチョで家父長制の権化みたいな作品を作り続けてほしい。 そんな人じゃないのかもしれないけど、そんな人で居続けてほしい。 価値観や常識は時代に合わせてアップデートしていくべきものだと思っているけど、表現活動についてはその限りではないとも思っている。 良くも悪くも人の心に棘を刺せる作品は、凄いものだ。 このまま魂の救済されないまま終わらないかな。それぐらいのことをしても柳沢きみお先生なら許されるのでは。

SHOP自分

変わるものと変わらないもの

SHOP自分 柳沢きみお
野愛
野愛

いいところも悪いところも納得できないところも含めてこの漫画がとても好きです。 どの側面も全部大好きな人間なんていないし、何を選んでも苦しみや痛みがなくなることなんてきっとない。 会社が倒産し恋人に振られ全てを失った青年・チョクがとある出会いから古着屋を経営し、出会いやわかれを繰り返し成長していく物語。 このチョクという青年がなかなか憎めないヤツなんですね。 愚直だけど優柔不断、優しすぎるけど妙にドライなところもあるし、流されやすいし小心者。でもいいヤツすぎるくらいにいいヤツなんです。心の隙間を抱えてる人たちが、チョクに集まってくる理由はなんとなくわかる気がします。 そしてこの漫画の1番好きなところは、チョクが古着屋をやりたいわけじゃないというところ!! 「古着屋だったらできるかも」と周囲の人から服を集めたりアドバイスを受けてなんとか店を開き、様々な困難を乗り越えてもなお、チョクは別に服を好きにならないのです。ギターをはじめたり、ビールの美味しさに目覚めたり、魅力的な女性と出会ったりしながら自分のやりたいことを探していくのです。 脱サラしてお店を経営するだなんて、夢でしかない憧れでしかないと思うけれど、そりゃ悩みは尽きないよね…って現実を見せてくれます。 悩んで流されて苦しんで、そんな日々の中で自分を突き詰めていくのが人生なのかもしれません。 最終話はめちゃくちゃ駆け足すぎるし、チョクの仕事や恋愛のその後が知りたくて仕方がないけど…人生死ぬまでどうなるかわかんないもんね、と自分を納得させています。 そして大市民シリーズと同じくブレないギャル批判がすげえ。とんでもねえ。 茶髪ガングロ厚底厚化粧へのヘイトスピーチがとんでもないですけどこれは柳沢きみお先生の一貫した主張なので、もうなんとも思わなくなりました。 そういう個人的な主義主張を抜いたらとても好きな漫画です。そういう主義主張がやばいなと思える世の中になったのはよかったと思います。 時代は変わったなあ と 時代が変わっても変わらないなあ 両方を味わえる作品だと思いました。わたしは好きです。