人生謳歌!元気ばあさま

命マジで短し! 濃いぜよ、乙女(ばあさま)! #1巻応援

人生謳歌!元気ばあさま しまだ
兎来栄寿
兎来栄寿

アラサーではなくアラサン(アラウンド傘寿)。でも、すこぶる元気な「乙女」(と書いて「ばあさま」と読む)たちのパワフルギャグ×ハートフルストーリーです。 孫の恋路を全力応援して、『へうげもの』みたいな効果音でしたたかに笑みを浮かべるばあさま。 夏休みに田舎に遊びに来た完璧な小学生を、勉強から解き放ちジャンクフードや娯楽で堕落させることに命を賭けるばあさま。 周りがどんどん結婚や出産といったライフイベントを重ねていく中で孤独死を迎えたくないと焦燥感に駆られる34歳独身女性を優しく元気づけるばあさま。 亡くなったじいさんと友人のカップルへの秘めた想いを解放させながら創作意欲に駆り立てられ、液タブを使いこなしSNSでも人気を博すばあさま。 4人のばあさまたちがエネルギッシュに楽しそうに躍動する姿は、読んでいるこちらも活力をもらえます。 高らかに飛ばされるデスジョークの数々も秀逸です。世間でも高齢者による川柳であったり、18歳と80歳の違いであったり、高齢者の悲哀や辛苦は笑いへと置換されがちです。聞いている方からすると反応に困るデスジョークですが、考えてみればそれも運命を受け入れる適応規制のようなものかもしれません。 ″人生が計画通りに行くことなんて 皆無!! 今後失敗なしで生きていくなんて絶対に 不可能!!″ という、28歳から5年付き合ったけど「結婚は考えられない」と彼氏と別れた女性に対するばあさまの教えは至言です。 辛いことは多くても、たまに良いこともある人生を全力で生きていきたい。そんな風に思わせてくれる一冊です。

シバタリアン

シバタとは何者か。どこから来てどこへ行くのか。 #1巻応援

シバタリアン イワムロカツヤ
兎来栄寿
兎来栄寿

第1話の衝撃度でいえば、2023年最大級でした。 1話を読み終えた誰しもが思ったであろうことは、「え、これ読み切りじゃないの? 続くの!?」ということではないでしょうか。 いじめられっ子と厭世的な少年の奇妙な友情から始まる本作は、骨子としてはいいお話にもなりそうなパーツが揃えられています。しかし、そこから始まるのは恐怖と驚愕のサスペンス。 「アルマゲドンはまた明日」や「みこととおろちと」などイワムロカツヤさんの過去の読切を読めば、良い感じのラブのコメりも混ぜつつそうした方向に進むこともできたはずなのですが、本作は非常に異質です。 ゾンビ映画の金字塔『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』のオマージュに溢れた1985年公開の『バタリアン』(原題『The Return of the Living Dead』。日本では1986年にあの『コマンドー』と同時上映)は、まさにホラーとコメディを掛け合わせたシュールなゾンビ映画で、本作の元ネタを感じさせます。「バタリアン」という言葉に掛けるために、シバタが選ばれ犠牲になったのでしょうか。もし世界線がズレていたらタバタリアンやエバタリアンになっていたかもしれませんね(『オバタリアン』だと別のマンガになってしまう)。 しかし、読み進めると「もしかしてこのためにタバタやエバタではなくシバタだったのか……?」という描写も出てきます。 ともあれ、1話を読んでも「これ、続くの……?」、2話を読んでも「これ、続くの……?」と衝撃に晒されながら読者を戸惑いの渦にグイグイと引き込み、「気付いたら『【推しの子】』を読むより早くこちらを読みに来ていた」という人も出るほど謎の中毒性すら生む魔力を持った作品です。 シバタとは一体全体何なのかという圧倒的な謎を巡る中で、極めてどうでもいいポイントに無駄なディティールがあるところも不思議な浮遊感を生んでいます。 普通じゃない作品の刺激やドキドキ感を味わいたい方にお薦めです。 余談ですが、連載時の「一糸乱れぬ、進撃の柴田…!」といった、担当編集もノリノリになっていることがうかがえるアオリ文も好きです。

時間球クラッシュ

宇宙の死の先を往く者たち #1巻応援

時間球クラッシュ 早岬周
兎来栄寿
兎来栄寿

早岬周さんが2019年から今年にかけて公開していた、5篇のお話を1冊にまとめたSF連作短編集です。 最初の「キノコの宇宙ライセンス」は、田舎に住む13歳の少年・木下コウジの視点で始まる卑近なお話……と思っていたら突然 「先進宇宙人同盟と地球人との間の取り決めに基づきタイムマシンや超高速航法など超技術の提供を受ける代わりに適性検査を受け同盟に貢献でいる人材の発掘・育成をする」 という大きな設定が出てきてテンションが高まりました。スケールの大きな話と、思春期の少年らしい諸々が同居している混沌が良いです。 その次の「イソギンチャク管理人」では 「宇宙の終末期で水素すら薄くなったので、人工の太陽系を作るための水素を集めて送る光速の20%で推進する水素収集機(ハイドロジェンスクレーパー)」 が登場。更に本著の表題にもなっている「時間球」も登場し、クリスとミチ(前話のコウジの妹)の恋人たちの関係性と共に、物語は進んでいきます。ここでも、人間のプリミティブな感情とSF色全開な設定・展開が交錯します。 第1部・第2部・第3.1部に分かれた「太陽がその場所で輝く理由」では、ミチが「太陽系作成オペレーター」として太陽系を作る仕事を行う中でのある事件が描かれます。現実世界には存在しない常識がある世界での倫理の揺さぶりや問い掛けもまたSFの醍醐味を感じられます。SF的な問題をSF的な手法で解決しながら、第3.1部ではまた非常に人間的な味わいに回帰しているのも、センスオブワンダーとはまた別種の何とも言えない良さがあります。 「クリスはパートタイム警官」は、冒頭からマムシだと思ったらヤマカガシだったなど特に田舎らしさが前面に出ているお話。夕焼けの下をトンボが飛んでいる田舎の原風景も美しく、たまりません。そこにサンドイッチされる、クリスのパートタイム労働。折り畳まれた空間により暴力を100%反射する「アテナの盾」を用いて、暴徒と戦う警官クリスの姿。その先で起きる予想外の展開が見所です。 最後の「宙翔かける審査官キノコ」は、最初の「キノコの宇宙ライセンス」と繋がるお話。かつての知り合いと、新しく見つかった星の住人審査をしに行きます。一見、とても可愛い何かの裏側にあるものは……。そして、「キノコの宇宙ライセンス」で描かれた夜の真相に迫っていきます。 太陽が死んでも、宇宙が死んでも、永遠性を持って生きようとする知性体の物語。端的に言って、私は大好物です。 背景の精密さは一般のメジャー誌に載っている作品と比べても遜色ありません。作家性が非常に強いので、そういったタイプの作品を好む方やSF好きの方にお薦めします。

ご飯にする?お風呂にする? 小夏と美冬の秘密の関係

食と浴を楽しく共にできる相手 #1巻応援

ご飯にする?お風呂にする? 小夏と美冬の秘密の関係 萌まるこ
兎来栄寿
兎来栄寿

バリキャリ系クール美人上司・美冬と、誰にでも分け隔てなく優しく笑顔で可愛い系の部下・小夏。会社ではただの同僚と思われているふたりが、実はプライベートでは日々こっそりと食事をして一緒にお風呂に入る仲。そんなふたりの日常が綴られていきます。 小夏には普通に付き合っている彼氏もおり、美冬と小夏は友達以上恋人未満な関係性。お互いに少しずつ意識しだして悶々とする時期特有の良さを、長めに噛み締め味わうことができる内容です。 毎回、美味しいご飯(と言ってもそんなに気取ったものではなく、焼肉やラーメンなど)を食べて、お風呂でリラックスするという人間にとって大事な「食事」と「入浴」がタイトル通りフィーチャーされているのが良いです。読んでいてリラックスできます。 美冬が小夏に語る ″明日の自分を作るのは あなたが今日食べた食材たち!″ ″まずは一日三食しっかり食べなさい!″(海老フライを食べながら) ″それともう一つ しっかりと体を温めて ちゃん疲れをとること!″(入浴しながら) という言葉は、過酷な現代社会で生きる上でとても大切なことであると思います。忙しく荒れてしまいそうな時こそ、これらの基本的な事柄を大切にしたいところです。 男女カップルだと数少ない混浴の風呂に行かねば一緒に入ることはできませんが、女性同士なら大抵のところで一緒にお風呂に入れるというのは良いなと思いました。美味しいものを食べたり色んなお風呂に行ったり気兼ねなくできる相手がいるというのは、とても幸せなことですね。 ゆったりと力を抜いて楽しめる作品で、百合好きの方にもお薦めです。

リセットのない世界より

夢破れ、諦めて選んだ道で咲く花 #1巻応援

リセットのない世界より 若菜七弓
兎来栄寿
兎来栄寿

実際に花屋さんで働いていて『ハナハダハナヤ』という花屋マンガも描かれていた若菜さんが、その草花の知識を生かして今度はファンタジー世界の花屋を描く新作です。 昨今のファンタジーといえば転生して人生をやり直したりループしたりという作品が多いですが、そんな中で本作はファンタジー世界でありながら上手くいかない、けどリセットできないシビアな人生を送る青年の物語です。 モンスターを狩って得た素材で人々の生活に貢献する「コレクター」という職業がヒーロー的扱いを受ける世界で、コレクターになるため生まれた街を飛び出したウーノ・フォスフォラス。しかし、11年目になっても下級クエストしかこなせない低級コレクターだった彼は、母親からもう潮時であろうと実家の花屋を継ぐように言われ、帰省してきます。 誰しも人生で夢を抱くことと思いますが、必ずしもその夢が叶う訳ではなく努力が実らないこともあります。その後は、望まなかった道を第二の人生として歩まねばなりません。諦めようと思っても、本心では諦めきれない。そんな姿に胸を掴まれる、多くの人が共感しそうなエピソードからお話が始まります。 しかしながら、人生とは自分が考えてもみなかった方へと転がっていくもの。ウーノの運命もこの先どうなっていくかはまだ神のみぞ知るところですが、花屋として最初は不慣れながらも少しずつ成長して色々な人の役に立っていきます。元々、ウーノがコレクターになりたかった理由は「人を笑顔にしたい」という想いから。それをコレクターでなくとも叶えられるなら、花屋としてでも人を笑顔にできるなら、夢の一端は実現できているということになるでしょう。現実の人生においても、彼のように違う道で咲かせた花で人を幸せにして生きて行ける人は多いはずです。そういう意味で、多くの人の人生にエールを送る物語になっています。 また、後輩でありながら既に上級コレクターとなっていたベルジュロネットは、密かにウーノに行為を寄せるかわいくて強いヒロイン枠で魅力的です。少し抜けていますが、そこもまた良し。ラブをコメらせながら、いずれ幸せになって欲しいです。名門ハーヴィ家の秀才である同期のファルコなど、周囲の脇役も良い味が出ています。 そして、やはりそれぞれのお話に登場する各種の花の設定は流石です。現実に存在する習性を元にしながらファンタジー色と面白みのあるものにしており、今後どのような花が登場するのかも見どころとなっています。 余談ですが、マンドレイクの走りのフォームが良いなと思ったら「ウサイン・ボルトを参考にしました」とあって笑ってしまいました。

シルフの花姫

その花は青東風のように瑞々しく咲いて #1巻応援

シルフの花姫 かめじろ
兎来栄寿
兎来栄寿

以前にTwitterやpixivでも連載され人気を博していた『シルフの花姫』が商業版としてリメイクされ、単行本1巻が発売されました。 以前に描かれていたバージョンとは大枠の設定は同じですが、個々のエピソードなどかなり異なっているので商業版は商業版として、以前のバージョンは以前のバージョンとして別々にどちらからでも楽しめます。 本作はヴァン・フルール王国の第一皇女で国王の座を継いだナターリアと、彼女に献身的に付き従おうとする何かとお節介なシスター・サラのふたりの関係性が主軸となっている(公称)ファンタジー百合ストーリーです。 風の精霊シルフの強大な力を宿し先王から現王に受け継がれる風剣シルフィードを欲して王家に近付くものが絶えない中で、自分に近付いてくるサラの真意を警戒するナターリア。しかし、サラにはナターリアが思い描いていることとはまるで違った確固たる切実な理由があり、その目的を果たすためにサラは奮闘していきます。 何をおいても主要キャラふたりの魅力と関係性が本作の肝です。皇女と聖女、身分の違いはありながら通ずる部分もあり、それぞれの足りない箇所をお互いが補い合うような絶妙な間柄。ゆっくりと縮まっていくお互いの距離。長年筆者の中で熟成されたからこそ出るコクがあります。 百合的な部分の濃度に関して言えば商業版1巻部分ではスロースタートな感じですが、番外編などで今後への期待感を高めてくれます。以前のバージョンを見れば解りますが百合成分は元々かなり濃く、メインストーリー的にも設定を踏まえて盛り上がっていくはずなので楽しみです。 線が以前よりラフなのは連載で時間的制約があるからかもしれませんが、ご自愛していただくと共に内側で煮え滾る欲望のままに筆を奔らせ、美しい大輪の花を咲かせていって欲しいです。

冷たくて 柔らか

20年ぶりに再会した女性同士の関係性 #1巻応援

冷たくて 柔らか ウオズミアミ
兎来栄寿
兎来栄寿

『三日月とネコ』のウオズミアミさん最新作。本作もまた大人の女性の上質な関係性が描かれています。 「ヤキモチを焼かれないので、本当に愛されてるか自信を失った」 という同棲して2年の彼氏と別れた主人公・宝(たから)。 33歳にして結婚を考えていた相手と別れてどうしようかというところで偶然にも中学生の頃の同級生・エマと20年ぶりの再会を果たしたことで、ふたりの物語が再開します。 当時のエマにとって、宝は単なる同級生に留まらず自分の存在を救ってくれていた掛け替えのない存在で、宝さえいてくれれば他に誰もいらないと思っていたほどでした。 宝は、そんな強い想いを昔から変わらずぶつけてくる美しくてかわいいエマに対して少しずつ自身も絆され、感情が徐々に溢れ零れていきます。何も障害がなければひとつの美しい祝福されるべきふたりの物語で終わるのですが、いかんせん既にエマは人妻。相手の男性は経営者で、性格もとても優しくエマのことを大事にしている人であるというのもまた複雑です。 ただ、当のエマ自身は現状に満たされない想いがあるようで、宝との再会によってよりその想いも強くなっており……。 いちごミルクキャンディの香りによって呼び覚まされる甘酸っぱく切ない記憶が、郷愁と共に胸の奥へと焦がすような熱を灯します。丁寧に紡がれていく彼女たちの関係性に目が離せません。中学時代のふたりの姿は、血流を良くしてくれます。 全体的に上品なんですが、友達のお母さんが作ってくれたおでんの味が忘れられずにずっと探求していてその正体はおでんの素だったという庶民的なエピソードも好きです。

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