いま、インドによばれて

新天地インドで生きたいように生きていく #1巻応援

いま、インドによばれて 志真てら子
兎来栄寿
兎来栄寿

宮川千賀 現在、世界で最も人口の多い国はどこでしょうか? 中国。 と言えたのは去年までの話で、2024年現在はインドが中国を抜いて1位となっています。数学に強い国民性もあり、今後インドから超巨大IT企業も続々と誕生していくのではないかと期待されています。私自身もインドの将来性に期待して少しばかり投資をしていたりもします。 本作は、そんなインドに恋人の都合で連れてこられた漫画家志望だけど、28歳フリーターのなつめの物語。 なつめの彼氏は、なまじ稼ぎが良い出世頭なだけに、なかなか芽の出ないなつめに対して家事を無意識的に強要してしまう前時代的な価値観の持ち主。 もやもやとした感情が蓄積していたところにアニメやマンガが好きで日本語を覚え、タクシードライバーとして働いているルビーとの出逢いが彼女の人生に大きな転機をもたらしていきます。 「女だから」という理由で未来を閉ざされてしまい、自分が本当にやりたいことをやれない悩みや辛さは万国共通。日本にいると自由奔放に見える国であっても、蓋を開けて見ると思いもよらないきつい縛りがあったりします。まだまだ古い価値観の残るインドでは、女性の権利や立場は今後の変化に期待するところも大きいです。 中盤で登場するアニメ制作会社のCEOビジャヤや、インド在住25年目のさつきらもまた社会において女性であることから抑圧を受けてきた者たち。そうした逆境に立ち向かって戦ってきた彼女たちの姿に勇気づけられる人も多いことでしょう。女性はもちろんですが、さまざまな理不尽を押し付けられてきた人は共感できるのではないでしょうか。 インドマンガとしても楽しめる部分がたくさんあります。 先日、『地元最高!』の作者の方がガンジス川に入って倒れたというニュースがありますが、作中にまさにこれではないかという描写が登場します(お大事にして続きを描いていただきたいです)。 またチャパティを使った家庭料理を作るシーンや、盛大に行う結婚式での写真など文化を感じられれるところもあれば、世界遺産のタージマハルにまつわるエピソードも印象的でした。クトゥブ・ミナールやアグラセン・キ・バオリなどの名所、インドのアニメ・マンガイベントの「デリーコミコン」なども行ってみたくなりました。 前を向きモチベーションをもらえる本筋と、濃厚なインドの香が立ち上るような描写が上手く融合している作品です。

みっしょん!!

54歳から取るMT免許 #1巻応援

みっしょん!! 入江喜和
兎来栄寿
兎来栄寿

『たそがれたかこ』は45歳。 『ゆりあ先生の赤い糸』は50歳。 今回の最新作『みっしょん!!』は54歳。 歳を重ねた女性を主人公にした作品に定評のある入江喜和さんの最新作、待望の1巻発売です。 やはり、この年代の女性のドラマを描かせたら卓抜しているなと思わされます。 認知症の87歳の母。 50歳になっても家に居座るも家にお金も入れず母の面倒も見ない妹。 仕事はしてくれるが仕事以外はしない夫。 中学で不登校になった22歳の息子。 住まわせて欲しいと言ってくる義姉の息子。 それらに加えて家業の書店の激務と膨大な家事で、自分の時間などまったく持てずやりたいことも何もできずに日々疲労とストレスだけを溜め続けている主人公・庵未知(いおりみち)。 彼女の閉塞していた日々に風穴を空けたのは、颯爽と真っ赤なポルシェに乗って走り去った妖精(豹柄グラサンミニスカの老女)でした。あんな風に私も自由が欲しい、と一念発起して54歳にして免許取得を目指していきます。 何しろ、一番大変なのは認知症の家族の世話です。8050問題が叫ばれる昨今、未知ほど酷い状況ではなくとも同じような苦しみを抱えている方は多くいることでしょう。私も認知症の祖父を自宅で看ていましたが、ひとりでは到底見切れるものではありません。いくら努力をしても改善することはなく、終わりの見えない中でできることをしながら心身が摩耗していく日々です。 入江さんも実母が認知症になった経験があるということとで認知症患者の描写の解像度が非常に高く、それ故に読んでいて未知にかかるストレスの甚大さがよく伝わってきます。コロナ全盛期は、かかりつけ医に行くのも救急車を呼ぶのも難しく余計に大変だっただろうなと思います。 何とか時間を作り教習所に通い出してからがまた大変で、祈るような気持ちで未知を応援してしまいます。MT免許を取ったときのことを懐かしく思い出しながら、この後に控えるS字クランクや坂道発進などの難関をどう乗り越えていくのかハラハラします。 ともあれ、誰でも何歳からでもやりたいことをやる権利があると謳う物語は素晴らしいです。本作を読んで、勇気をもらえる人や救われる人が必ずいることでしょう。

ハコニワノイエ

難易度の高い疑似家族 #1巻応援

ハコニワノイエ 小森江莉
兎来栄寿
兎来栄寿

『いつも月夜に米の飯』の小森江莉さんによる新作は、かなり重いテーマに取り組んでいます。 主人公の天根清子(あまねきよこ)は、他人の考えていることや空気を読むことが極端にできない、神経質で短気で正義感は人一倍強い心理学者。対人スキルが絶望的であるが故に孤独を愛し、 「私だけの小さな世界を守れればそれでいいと思っていた」 というモノローグから物語は始まります。 しかし、そんな他人との関わり方が極端に下手な彼女が、ある日突然自殺した友人の遺志により遺児である14歳の息子・悠斗(はると)と4歳の娘・凛音(りおん)を引き取り共同生活を営んでいくことになります。 本来は独りで生きていくべき人間であり、今後もそうしようと思っていた 彼女の小さなハコニワ。そこにやってきた少年少女。近年多い疑似家族ものの中でも、最初から用意されているハードルが多く高い作品だな、というのが第一印象でした。 まず、母親を喪ってしまった少年少女の哀しみが丁寧に描かれます。 「僕は何で母さんの生きる理由になれなかったんですか」 という問は14歳が背負うには重すぎますが、ましてや4歳の妹の方はまだ永遠の死という概念すら理解が覚束ない状況。亡くなった直後だけではなく、その後に尾を引くように波打つ感情が連綿と描かれます。悠斗はかなり上手にそれをコントロールしようと取り繕おうと努力しますが、その営為がまた哀しさを呼び起こします。周囲との差異などから不意に呼び起こされてしまう理不尽さを抱えて生きていく困難は終わることがないものでしょう。天根は、心理学者としての知見はありながら親を亡くした子供相手にはそれが通じないことを痛感する場面もあり、そこにどうやって向き合っていくのか。 そして、肝心の新たな共同生活については、案の定天根の性格に起因する問題が多発していきます。最初に問答無用で引き取る決意をした天根はシンプルに格好良かったのですが、その後は人としてどうかという言動もその性格から取って行ってしまいます。感情移入しきることはできない、しかしだからこそ目が離せない部分も大きいです。子供たちとの生活という天根の人生にこれまで全く存在しなかった体験を通して彼女自身どのように変わっていくのか。 本作は表紙が美しく店頭で目を引きますが、小森江莉さんの絵が前作からますます綺麗でスタイリッシュになっており、天根さんの凛とした表情などとても魅力的です。 14歳と4歳、今後さまざまなライフイベントもある中でこの家族がどのように立ち行くのか。どうか、ハコニワのような作り物の家族であったとしても、彼らに幸せな時間が訪れますようにと祈るような気持ちで見守っていきます。