令和の『吾輩は猫である』の仄暗さの中の温もり #1巻応援

仄暗い水の底で鬱屈としている人々に寄り添うようなこういった物語は、現代に求められているものであると強く感じます。 本作の主人公の新(あらた)いつきは、スーパーのチーフとして働いていたものの、部下にも軽んじられ仕事に疲弊していた45歳。貧しい時にはキャベツしか食べれず、牛丼が食べたいと思いながら暮らしていたこともある良いことなどない人生を過ごしてきた男性です。 いつきは、唯一の楽しみである仕事後の酒の最中に潰れて寝ゲロで死んでしまうという、何とも憐れな最期を迎えます。如何にも現代的です。しかしその魂は黒猫へと乗り移り、新たな猫としての生が始まります。 かつて夏目漱石が書いた『吾輩は猫である』の吾輩は知的エリートでしたが、まるで反対のような状況です。 『吾輩は猫である』では、人間の愚かさを論いながらも人間への憧れを抱く猫が描かれていましたが、『黒猫おちびの一生』も人間の愚かしさも含めた魅力を愛おしむ物語となっています。 いつきは、猫であるというだけで人間の時には考えられなかった厚遇を受けることもあれば、鴉に襲われるなど命の危険を覚えることもあり良し悪しです。 それでも、3話で描かれるような自分にとってはささやかで何気ない善行が巡り巡って帰ってくる構図のような、この世界の有り様には目頭が熱くなります。 他にも底辺のような暮らしをする30代半ばの男性が登場しますが、いつきは自分の失敗経験を元に彼が同じようなことにならないように仕向け、少しずつ救われていく様子にも心が暖かくなります。 「仲が深まる瞬間を見るのはいいもんだなあ」 という言葉は、読者の想いそのもの。 猫として生きる世界で、彼が今後どのようなものを見て、どんな人と出逢って、何を思うのか。そしてどのような最後を迎えるのか。見守っていきたい物語です。

兎来栄寿
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