ポンコツな養護教諭が生徒のエッチだったり人生だったりな悩みを真剣に聞いてあげて、マジでちゃんと答えてあげるお話 先生も既婚者ながらエロにも敏感で、生徒の身体の悩みや彼氏に言われた事などなど、真面目に答えてくれる優しい先生 第一話から生徒の彼氏にア◯カンしたいと言われ、近くの良いア◯カンポイントを調べる、かなりぶっ飛んだ所からスタートする 最初の掴みもバッチリで今後に期待できる楽しいエロコメでした、こういう頭空っぽで読める漫画好き
ネタバレ含まないように内容には触れず。 タイトルは、ニーチェの名著「ツァラトゥストラはかく語りき」から取ったのは明らかだが、内容は一切関係ない。 気持ちいいくらいポルノ(商品)として作っている作品。 たくさんの美少女たち(年齢は違うが、造形は全て幼さが残る女性たち。エイジズムを感じさせる)が、性にまつわる話しや実践を行う。読者は傍観者であり、覗き見している感覚にさせる。劣情の煽り方がうまい。 ニーチェの言うところの「深淵」はない。深堀りするのが野暮なほど、ポルノに徹している。 こういうお粗末でシンプルな作品は、気持ちいいので嫌いではないが、哲学的に考察することが趣味なので、あえて違う角度から。 ポルノに徹するこの作品、ある意味、漫画家たちの高尚なものを作りたいという有りがちな心情へのアンチテーゼに思える。 なぜニーチェの言葉を引用したのか。 「神は死んだ」という有名な言葉があるが、作者は「高尚なものの存在価値は死んだ」と、言いたいのではないか。 ある意味、正解である。 漫画を通して、何かを伝え、誰かを救ったり世界を少しでも良くできるか? 非常に難しいだろう。 それならば、一日の疲れを癒やすようなサプリメントのような役割に徹する。そちらのほうが役に立つのではないか、と。 間違っていないような気がする。 しかし僕は、宮崎駿や高畑勲などの「漫画やアニメという媒体は、思想の伝達のツールとして有能」という理由からの、ある種のアンガージュマンに感動する。 日本はもう下降する一方だ。景気のいい時代のように、考えないままでいるわけにはいかない。「パンとサーカス」を与えている場合ではないのだ。 商業主義、拝金主義に迎合せず、使命感を持って、血も滲むような努力をしながら、「微かな可能性」にかけて制作する作家たちを応援したい。 ニヒリズムに陥って居直る作家たちよりも。
生徒の悩みや疑問に対して、文字通り体当たりでぶつかる保健室の先生・みよか。 通称、みょーちゃん。 お察しのとおり悩みの多くがシモによるものだが、生真面目というかちょっと天然はいった感じで、解決するために必死になり、答えなくていいことまで無駄に答えちゃうのが面白くて、何より可愛い。 生徒のためならなんでも・・・例えば女性の体に幻想抱いている男子生徒には、自分のボディラインを石膏で型づくって説明する始末。 こんな感じで、1話完結形式で笑いあり、ちょいセクシーありの内容。 また、みょーちゃんが既婚者というのが個人的に新しい。 しかも、夜の営み的なことも赤裸々にするから、そのあたりも斬新でした。 アイドル的な存在ではなく、ごく1人の既婚者女性的に描かれているのも、親近感があってよい。 まだ2巻ですが、みょーちゃん先生にはやくもハマってます。
ポンコツな養護教諭が生徒のエッチだったり人生だったりな悩みを真剣に聞いてあげて、マジでちゃんと答えてあげるお話 先生も既婚者ながらエロにも敏感で、生徒の身体の悩みや彼氏に言われた事などなど、真面目に答えてくれる優しい先生 第一話から生徒の彼氏にア◯カンしたいと言われ、近くの良いア◯カンポイントを調べる、かなりぶっ飛んだ所からスタートする 最初の掴みもバッチリで今後に期待できる楽しいエロコメでした、こういう頭空っぽで読める漫画好き