あらすじある日、突然姿を消してしまったシンガーソングライター・多野小夜子。ファンも友達も恋人も、彼女の行方を誰も知らない。多野小夜子が消えたことによって、僕たちの生活は少しずつ変化していくーー。彼女を知らない人にとっては取るに足らないことだけど、僕らにとって彼女は「かみさま」だったんだ。宮崎と東京を舞台に、6人の男女が織りなす淡く美しい群像劇。
1巻完結の物語としては、早くも2023年最高峰ではないかと思わせる非常に上質な作品が登場しました。 シンガーソングライター・多野小夜子とそれぞれ多様な関わりを持つ男女数名が織り成す、連作短編です。 作者はごめん名義でも描かれていた、西野カナさんのMVなども描かれた川野倫さん。 誰しも一度は「特別」になりたいと憧れ、そして多くの人は夢破れて「平凡」になるわけですが、本作では「特別」な小夜子と、それを取り巻く「平凡」な人々で構成されています。さまざまな感情の堆積がやがて歪みを生み発露するさまが、多様な角度から描かれていきます。人間の持つ嫉妬心や他人の不幸を願う気持ち、自分の心を安定させたいがための卑しい行為などが非常にリアルで丁寧で、読み応えがあります。 また言葉のセンスにも光るものを感じました。 ″恥ずかしくて死にたくなれよ。 生きてるなら。″ といった切れ味鋭いセリフや、作中で小夜子が「なぜ歌を歌うのか」と問われた時の ″ただの自傷行為だよこんなの。 曲を作ることも歌うことも。 でもさ、それで救われたって人もいたんだよね。 そういう人のために歌うわけじゃないけどさ、 そういう人もいるんだなって思ったよねー。″ というセリフなどは、特に好きです。 ある種神格化さえされている創り手の神聖に見える創造行為が、本人の認識ではただの自傷や自慰行為に過ぎない。でも、それは決して悪いことではなく、それでもその被造物によって救われる人も確かに存在する。そのことは、創り手にとってのささやかな救いともなる。 理不尽に覆われたこの世界がそれでも美しいと思える理由が、ここにあると思いました。