普段は意識せずごく当たり前のものとして享受していることが、少し時や場所が変われば当たり前ではないということはままあります。本作は、日本でデビューを目指すBL作家を通してそういった当たり前の大切さを気付かせてくれる作品です。

小6で男性同士の恋愛シーンに出逢って目醒めた主人公・夢言(ムゲン)。26歳になった現在もBLを愛好し漫画家として活動しているものの、中国国内において表向きBLは禁止されている状況で、担当編集にもBLを描けないとダメなら切ると言われ本当に好きなものを堂々と描けない苦しみを受けます。

かつては好きなようにマンガを描いてpixivにアップロードしていたものの、国の規制でブロックされてしまいVPNを使っても繋がらないことが増えてしまったという現状。

しかし、そこに日本の編集者からのメッセージが届きます。それと同時に、かつて自分の描いたマンガを破り捨てた幼馴染の致遠(チエン)との縁談が持ち上がり、夢言の運命は一気に加速していきます。

日々さまざまなマンガやアニメ、ゲームや小説、映画やドラマなどに触れている私たちですが、日本に住んでいると政府による検閲や表現規制、インターネット規制がごく当たり前に行われている社会がすぐ隣にあるということは忘れてしまいがちです。アジアを見渡しても、まだまだ各種表現への規制は厳しいところが多いです。

それらは決して対岸の火事ではなく、一歩間違えれば日本もこれから同じようになっていってしまう可能性があります。さまざまな理由で表現を規制しようとする人と、たとえ自分が嫌いなものであったとしても表現の自由は守ろうという人が日々鬩ぎ合っています。

街の書店でBLマンガを買って読んで、同じものを好きな人とネット上で知り合い語り合う。日本人なら当たり前のようにできるそのことが、どんなに難しくて稀有なことなのか。逆に言えば今この日本における状況がどれだけ恵まれたものなのか、ということを改めて思い出させてくれます。

この作品は、作者の史セツキさんが自身の体験も基にして描いているので、日本の作家ではなかなか出せないであろうリアリティが随所から滲み出ています。

興味深かったのは序盤の「双親角」。子供を結婚させたい親同士が互いの子供について情報交換をする場所のエピソードです。そこでは年齢・身長・卒業大学・仕事・年収が訊かれる様子が描かれているのですが、こういう場でも身長が特に重要なステータスとして出されるのだなぁと。中国人は面子を重んじるので身長も高いことが尊ばれ男女問わず身長が低いと侮られやすいとは聞いていましたが、特に女性に関してはそこまで身長を気にすることはない日本人からするとなかなかの文化の違いを感じさせられます。

『魔道祖師』などのように、国境を越えて大人気を博していく作品がこれからますます生み出されていくことでしょう。しかし、この作品の夢言のようにそれが叶わず苦心している人も世界にはまだまだたくさんいるはずです。そうした人たちが堂々と自身の才能を世に発していけるような世界を作る一助になるために、より一層仕事を頑張りたいと思わせてくれた作品です。

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『ロックンリール』や『《魔力無限》のマナポーター ~パーティの魔力を全て供給していたのに、勇者に追放されました。魔力不足で聖剣が使えないと焦っても、メンバー全員が勇者を見限ったのでもう遅い~(コミック)』の伊藤ひずみさんによる、パチスロ版『プロジェクトX』や『ガイアの夜明け』的なドキュメンタリーです。 私はパチンコ・パチスロは付き合いで多少嗜んだくらいですが、元々『バジリスク』の原作もアニメも山田風太郎さんも好きだったので、『バジリスク』シリーズは多少触りました。 当時はカラオケでの十八番が陰陽座の「蛟龍の巫女」だったので、『バジリスク2』で激アツの際に流れる曲として採用されたのは望外でした。 1/16000の白バジが揃ってエンディングまで到達し、弦之助と朧の悲痛な最期を見て泣きながら打ったのは良い思い出です。 そんな『バジリスク』シリーズの中でも人気の高い『バジリスク絆』がいかに誕生したのかというエピソードからこの本は始まります。 『バジリスク2』から絵やアニメーションの素材はそこまで増やせない中で、どうやって新鮮味を生み初心者から玄人までを楽しませる台を作るのか? その苦心惨憺ぶりが描かれていきます。他の分野と何ら遜色のない、モノ創りへの熱情がそこにはあります。 他にも『アナザーゴッドハーデス』、『ディスクアップ』、『ハナビ』など長年ホールで愛された名器たちの誕生秘話が記されています。この辺の台に思い出や愛着がある方であればとても楽しめるのではないでしょうか。 伊藤ひずみさんの絵はスタイリッシュで読みやすいですし、パチスロを打たない方でも「こういう世界があるんだなぁ」とビジネスマンガとして楽しめる作品であると思います。
しれっとすげぇこと言ってるギャル。―私立パラの丸高校の日常―
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兎来栄寿
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https://youtu.be/JfvbpGcwyc8?si=87H35GAwt33QJS70 ここから始まった『私立パラの丸高校の日常』。YoutubeやTikTokで人気でしたが、コミカライズもされその1巻が本日発売となりました。 本作は全員何かしらの特殊能力を持っている世界における、私立パラの丸高校を舞台にした、ゆるい群像コメディです。 元々は、ぴかるんことただ体が発光するだけの能力を持った多々光(ただひかる)が主人公でしたが、元の動画版の方でも別格の再生数を誇り大人気のギャルズがこちらのコミカライズ版では主人公のようになっています。 未来視(ヴィジョン)の能力を持つ見里未来(みさとみらい)さんと、平行世界移動(バタフライエフェクター)の能力を持つ黒髪ロングストレートギャルの「へー子」こと平翔子さん。 共に超絶チート級の能力を持ちながら、ギャル特有の異常に軽いノリが合わさって化学反応がものすごいことになっています。 2話の平行世界移動を繰り返す話での 「ここ有機生物が酸素を必要としなかった世界だ」 「えーじゃこっちのうちらなにで代謝してるん?」 「ベリリウム」 「やば 緑柱石かよ」 「まあ酸素と同じ第二周期だしね」 という会話など大好きです。「あーね」とか「が?」「が」くらいのテンションで気軽に物理法則が捻じ曲がっていくのえぐちです。 皆大好き、オタクに優しいギャル回では、マンガを描いていたクラスメイトに 「てかこれワンチャン『転スラ』に影響受け過ぎ?」 「『盾の勇者』もじゃね?」 と、異世界ものへの解像度が高く的確にアドバイスする様も激チルです。 「説ある」が「説あるコアトル」に進化するなどの語彙の無限の羽ばたきも、ギャルらしさが溢れていてエモです。更に、本作には競馬回ありホラー回あり巨女ありと、さまざまな属性の人が引っかかるフックが存在します。 作画を担当しているのが『いびってこない義母と義姉』や『通りがかりにワンポイントアドバイスしていくタイプのヤンキー』のおつじさんということもあり、ヴィジュアル的にもつよつよで、未来とへー子がより魅力的になっています。 時折捩じ込まれる『ハンターハンター』や『エヴァ』ネタも私には効きます。巻末おまけも10Pもあるので、単行本でまたじっくり楽しむのも良きでしょう。
そしてヒロインはいなくなった
50歳差の奇妙な縁 #1巻応援
そしてヒロインはいなくなった
兎来栄寿
兎来栄寿
『けむたい姉とずるい妹』、『かけおちガール』など今をときめくばったんさんの新作です。 よく「男はフォルダ保存、女は上書き保存」などと言われますが、それも当たり前の話ですが人によって千差万別。 この物語は、上書き保存できない女たちが主人公です。 共に男に逃げられたことを共通点として居酒屋で知り合った、半世紀分の年齢差があるトラさんと妙子。奇妙な縁で結ばれたふたりは、お互いに新たな相手を見つけようと頑張ってみるものの、どうしても心の中に忘れられない相手がいる。そんな様子が、ばったんさんらしい豊かな情緒で綴られていきます。 普段はクールで押しに弱い性格であるものの、トラさんに対してはそのときの状況もあって強い口調で忌憚なしに言いたいことを言い、それも功を奏して不思議と気の置けない関係となった妙子。 トラさんも、自宅に呼んでコーディネートをお願いするくらい妙子のことを気に入っているのが良いです。普段、家では猫くらいしかいない孤独な暮らしをしているであろうトラさんにとって、妙子と憎まれ口を叩き合う時間がどれだけ眩いものであるか。 人生の先達としてのトラさんの言葉も、含蓄に富んでいます。 ″いいか悪いかなんて自分で決めな″ ″自分で決めたことけなすんじゃないよ″ という節などは、特に好きなところです。自分の選択に自信を持ち美学を大事にして生きるトラさん、本当にカッコいい。飲み屋で管を巻くのはともかくとして、老いてもこういう風でありたいと思える人物像です。 そんな彼女たちのそれぞれの道は、関係性はどうなっていくのか。見逃せない物語です。
化物嬢ソフィのサロン
皮一枚だけを治す魔法 #1巻応援
化物嬢ソフィのサロン
兎来栄寿
兎来栄寿
皮膚病の娘を持つシングルマザーでアラカンの田中まりこが、魔法の存在する異世界の令嬢ソフィ・オルゾンへと転生する物語です。 ソフィは原因不明で魔法でも治療不可能な謎の皮膚病も持ち「化物嬢」と呼ばれ、「私は人でありたい」という言葉と共に窓から飛び降りた少女。しかし、そこにオカン力の高い田中まりこの記憶と生命力が宿ったことで、ソフィは変貌を遂げていきます。 ソフィは、大きな怪我などは治せないものの皮一枚分だけを癒す弱い魔力を持っており、まりこ時代の娘が患い悩んでいたような皮膚の問題を抱える人のために「化物嬢ソフィのサロン」を開業します。 私も小さいころからアトピーであったり尋常性疣贅であったり肌のトラブルが多く皮膚科に通い詰めている子供でしたので、少なからず気持ちが解る部分があります。 たった皮一枚、されど皮一枚。それが解消されるだけで日々の生活が、人生が、どれほど変わることか。主人公のまりこ=ソフィも、娘がそれでどれだけ苦しんできたかを身をもって体感してきているからこそ、その仕事に使命感を燃やせるのが伝わってきます。 皮一枚のトラブルといっても人それぞれで、傷痕であったり消したい刺青であったり、さまざまな物が存在します。それを消し去って、新たな人生を歩んでいけるようにするさまは非常にハートフルで、読んでいて元気がもらえます。 こちらは紺染幸さんの小説のコミカライズですが、マンガ担当のなまざかなさんの絵も素晴らしく、人物も背景や小物も綺麗で魅力的です。主人公のソフィもかわいいですし、1巻で登場するクロコダイル国の王女アニーが個人的に好きです。 おまけマンガで描かれるお話も温かく、懐かしい記憶を呼び覚まされました。近所に大きい病院ではなくおじいさんがひとりで営んでいる皮膚科があり、そこの独特の匂いと、静寂の中に古い時計が針を進める音だけが響く空間が何とも言えず好きでした(そこで『週刊少年サンデー』が置いてあり、『うしおととら』などに滾っていたのも良い思い出です)。何より、その老先生がとても穏やかで優しくて、通うのが苦ではなかったのはありがたいことだったなぁと。あの時に受け取った温かさを忘れずに、私も世界に返していきたいと思い直しました。
変声
誠実に向き合うことの大切さを物語る短編集 #1巻応援
変声
兎来栄寿
兎来栄寿
『銀のくに』と、この『変声』はやしわかさんの初単行本が2冊同時発売となりました。 こちらは、表題作の「変声」と、それに連なる「変声~それから~」「変声~蕾(つぼみ)」、そして「モダンにめしませ」の4編を収録した短編集です。 表題作の「変声」については、以前に↓で書きましたのでご参照ください。 https://manba.co.jp/topics/43263 「変声~それから~」を読むと、サブキャラクターたちの掘り下げによって「変声」の魅力がさらに立体的になります。 「変声~蕾(つぼみ)」は、「変声」本編を読んだ人へのご褒美のように感じます。 「モダンにめしませ」は、恋する隼人くんがバイトをする古着屋で買ったコートに宿ったモダンガールの幻霊に戸惑う、20歳の女の子・陽奈の物語。 自分に自信のない陽奈でしたが、可愛くない女の子なんていないと鼓舞してくれるモダンガールの影響で、陽奈は少しずつ変化を遂げていきます。 モダンガールが語る ″己を知らずに合わないことや興味のないことを 無理にやってもダメよ 彼の好みの中で自分の好きを見つけなさい それはこの恋に限らず今後のアンタの武器にもなるわ″ というのは、すごく良いアティテュードだなと思いました。たとえ恋が実らなかったとしても、確実に自分は成長できる。10代初期かその前に知っておきたい言葉です。 恋をすることでより自分に向き合い、今まで知らなかった自分も知っていくところは「変声」の終盤に最後にラジオで語られた誠実な言葉とも重なりました。 『銀のくに』もそうですが、蟠るものもありながらそれを真っ当に乗り越えていく姿を見て心に風が通ります。 総じて「誠実に向き合う」ということの大切さ・尊さを語ってくれる短編集です。はやしわかさんは今後もますます活躍していくであろう方なので、今からぜひ注目してみてください。
銀のくに
雪国に降り積むあたたかな想い #1巻応援
銀のくに
兎来栄寿
兎来栄寿
はやしわかさんについては以前に『変声』の際に書きましたが、その表題作「変声」を含んだ短編集が新たに『変声』として発売になると同時に、こちらの『銀のくに』と同時発売となりました。 新潟の外れにある雨生町を舞台にした、雪国のヒューマンドラマです。 通学にバス45分+電車で20分かかる学校に通う高校1年生の五十嵐風花の家に、体を悪くした伯父の息子で同じ高1の賢心と、小3の娘のゆき枝が神奈川から突然やってきてしばらく同居していくことになります。 思春期の少年少女にとっては、どちらの立場からしても大きな戸惑いが生じるできごとでしょう。最初はお互いにぎくしゃくしていますが、さまざまなできごとを通して少しずつ、雪がとけるような速度で歩み寄っていきます。 それは、何も風花と賢心の間のだけの話ではなく、環境の変化への不安から涙をこらえられないゆき枝と、一見すると偏屈に見える風花の祖父もそうです。自分も、小3のころにあった大きな環境の変化に上手く順応できずゆき枝のように心細い想いをしたなぁと懐かしい思い出が蘇りました。一方で、祖父の方としても折り合いがつこなかった息子の方の孫ということで、接し方が難しいのも大人になると解ります。 どうしたって、初めは潤滑にはいかない関係。社会にはざらにありますが、そこで何とか互いに歩み寄っていくことで世界は開けます。そんな様態を、いじましく尊い努力を上手く描いている作品です。 また、雪国での生活のさまざまな困難が克明に描写され、10cm雪が積もったらニュースになる東京や神奈川との違いを感じさせます。一方で、そういう風土であるからこそ受け継がれてきた伝統料理の「のっぺ」のような存在もあり、美味しそうで食べてみたくなりました。 年頃なので、当然同級生たちを含めて恋愛方面の話も出てくるわけで、そうした部分における展開もどうなっていくのか気になります。 読んでいて凍えるような銀色の世界で営まれる生活がまずベースにあり、その上で絡まり合って動いていく人間模様。雪国育ちの人は共感を覚えるところも多いと思いますし、そうでないところで育った人も楽しめる物語です。
ソイ・ストーリー まんが家はタイの小路をゆく【タテスク】
まだまだ溢れるタイの魅力 #1巻応援
ソイ・ストーリー まんが家はタイの小路をゆく【タテスク】
兎来栄寿
兎来栄寿
『タイのひとびと』、『タイランドクエスト』の小林眞理子さんが、新たにタテスクコミックにて描くタイの実録エッセイマンガです。 前作までの魅力はそのままに、また新たににさまざまなタイの魅力を描いて届けてくれます。 小林眞理子さんのマンガは、読みやすいすっきりした絵柄でありながらも、異国の地であるタイの街並みや食べ物などは情報量濃く絵でしっかり描きこまれている絶妙なバランスが良いです。 1話で言えば水上バスが走る運河の様子であったり、夥しい電線の上を闊歩するリスであったり。同じアジアでも、景色の全然違うタイのありようはとても興味深いです。 iPadとApple Pencil片手に、そんな異国で悠々自適に執筆活動をしているさまを見ると「良いなぁ〜!」と思わされます。最近は円安で東南アジアから日本の方が物価が安いと遊びに来る話も聞きますが、タイやベトナムなどはまだ日本人的な感覚からするとリーズナブルに満喫できる場所で良いですよね。 私は東南アジアは行ったことがないですが、興味はあるので一度1〜2週間くらいゆっくり滞在してみたいです。そしてこの作品の中でたびたび描かれているような、タイの人々の温かさや大らかさに直に触れてみたいですね。 現在は単話ごとの購入ですが、5話の内3話までは無料で読めるのでそちらだけでも読んでみてください。タイにそこまで興味がないという方でも、単純なマンガの上手さと面白さで楽しめるのではないかと思います。
魔女の花屋さん
心華やぐフラワーファンタジー #1巻応援
魔女の花屋さん
兎来栄寿
兎来栄寿
『ハナヤマタ』や『おちこぼれフルーツタルト』の浜弓場双さん最新作ということで、まず間違いないでしょうと思いながら読み始めて、期待通りに面白かった作品です。 15歳になった少女アリー=エイベルが、魔女になる夢を叶えるため大都市であるキャリッジ街の魔法学校グランモールにやってきたものの魔法は時代遅れでただの花嫁学校になってしまっており、街外れの丘の上に住む「花の魔女」ヨシノ=ヨークに弟子入り志願するところから物語が花開いていきます。 第1話「サクラ」 第2話「ミモザ 」 第3話「カルミア」 第4,5話「バラ」 と、世界設定はファンタジーですが登場する花や花言葉は現実を踏襲しています。ヨシノという名前もサクラから。吉野山が故郷の身としては嬉しくなってしまいます。 元々の高い画力が映えるキャラクターはもちろん、ファンタジー世界の彩りという点では非常に大事である背景も精緻に描写されており読んでいる間はこの世界に浸れます。私は、こういう描き込みが細かいファンタジーが大好物です。 特に、サブタイトルにもなっている花が描かれる各話のクライマックス部分の作画は気合いが入っていて思わず嘆息してしまいます。気が早いですが、たくさんの実在の花を扱っているのでアニメでフルカラーになって動きもついたら非常に映えそうです。 見習いシスターのオリビア=オークスやジョルダン家当主でホテルオーナーのジャネット=ジョルダンなど、魅力的なサブキャラクターも続々と登場しながら展開するストーリーの良さも美点です。 『ハナヤマタ』などのころから秀でていた、心の琴線に触れながら読むと元気をもらえるハートフルな内容は本作でも健在です。そこに、花や花言葉という要素が重なって非常に良い読み味となっています。 各要素のレベルの高さは流石という他ありません。長く続いていくことを祈りたい、素敵な作品です。
アッコちゃんは世界一
今に疲弊した人へ送られるエール #1巻応援
アッコちゃんは世界一
兎来栄寿
兎来栄寿
『幻滅カメラ』の1,2巻と同時発売となった、鳥トマトさんの短編集です。 「アッコちゃんは世界一」 「三田君は大丈夫」 「マイお兄ちゃん」 の3つの短編が収録されています。 表題作の「アッコちゃんは世界一」から、とにもかくにも最高なので百聞は一見に如かずでまず読んでみて欲しいです。 https://x.com/tori_the_tomato/status/1788949089192923568?s=46&t=S5wm4E-TmT39NBg4BgQsPA 今この瞬間も、現実世界では元々とても素敵であったはずの人がさまざまな理由でその輝きを失わされるということが起きているのでしょう。そうなった時に、物語の中では救いの手が差し伸べられますが現実にはその手となるものは自分自身しかないのではないか。そんな感想を抱く人には、まさに3作品目の「マイお兄ちゃん」が刺さることでしょう。 解像度の高い、現代社会で人間を壊す力を持つストレスの元凶たち。そういったものたちから自分を守れるのは究極的に自分だけで、大切な自分を守ることを諦めたり忘れてしまったりしている人に力を与えてくれる物語となっています。 「三田君は大丈夫」は、東大生の本郷くんとKO生の三田くんがそれぞれ会長と副会長をこなす国際交流サークルのお話です。本郷くんにコンプレックスを持つ三田くんが、自尊心を保つために本郷くんにはできない女の子と遊びまくるという行為に直走っていきます。 言うまでもなく本郷は東大の、三田は慶應のキャンパスがある土地の名前で、ヒロインのキラキラした白金さんや芋な千駄木さんさんも土地のイメージから来ているのでしょう。 こちらも「東京最低最悪最高!」の鳥トマトさんだなぁというのを強く感じさせてくれる作品で、競争社会の歪みが生む空虚さや絶望感が何とも名状し難い読み味をもたらしてくれます。三田くんだけならまだしも、最後の方の千駄木さんのセリフが実にリアリスティックで無情感を呈しているところが好きです。 この作品の並びも絶妙で、「マイお兄ちゃん」で締められることによって全体的な読後感としては非常にスッキリしたものになっています。 いろんなものに負けずに大切なあなたの人生を生きて欲しいという祈りの込められた、素敵な短編集です。
幻滅カメラ
汚泥のような現代を切り裂く刹那の光 #1巻応援 #完結応援
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兎来栄寿
兎来栄寿
「東京最低最悪最高!」の流れを色濃く受け継いで、現代を鋭利に刳り取ってみせる鳥トマトさんの新作が1・2巻同時発売となりました。同時発売の『アッコちゃんは世界一』とあわせて3冊同時発売ですが、全部オススメです。 主人公のジゲン(27)は売れないカメラマン。その姉・姫子は、新興宗教の教祖と仮面結婚をして莫大な財力を手に入れ、学生時代からの関係がある社長令嬢でビッチのアメリと恋仲。ジゲンが好きな5つ年上の男性・山田は、アメリと不倫する仲で奥さんとの離婚を画策中と1話目で提示される人間関係からドロドロの泥沼の様相を呈してきます。 そして、それだけでも成立しそうな人間ドラマにひとつまみ盛り込まれるファンタジーが、タイトルにもなっている「性欲を消すカメラ」の存在です。人間の根源を司る三大欲求のひとつを消し去ると、何が起こるのか。さまざまなシチュエーションの人間たちが、どこからどこまで性欲を原動力に駆動しているのかということを目の当たりにできるという意味でも非常に面白い作品です。 お金が無さすぎて資本主義の犬になるしかないジゲンは、生活のために姉や社会から多種多様なことを強いられます。マッチングアプリやブラック企業、メン地下や新興宗教、モラ男や家父長制など現代の象徴的なシーンを巡っていく中でさまざまな人間と関わっていきますが、「普通」とか「まとも」と呼ばれるような生き方をしている人がメインにはほぼ出てきません。 しかしながら、深い中身を見ようとしなければ、皆普通に生きているように見えるであろうという絶妙な状態の描き方が最高な作品です。あたかもカメラを通して切り取った一瞬が、現実よりも美しく見えるように。みんなみんな生きているんだ、友達ではないけれど。 ジゲンの恋愛に関するトラウマであったり、姫子やアメリの現在に至るまでの諸事情などが徐々に明かされていく構成、その上で描かれる主軸の人間ドラマも良いです。個人的には、1巻終盤のドライヴ感全開のセリフと展開が好きです。呪詛返しして強く生きていく力と魂を常に持っていきたいものです。 鳥トマトさんの絵柄とお話の相性も絶妙で、デフォルメが強いところとシリアス時のギャップがまた演出として強い効果を発揮しています。表情の描き方などもすごくいい瞬間があるんですよね。 唾棄したくなるような現実、人間、事象を描きながらも、読んでいると不思議とエネルギーをもらえる紛うことなき現代文学です。
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