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ただ推しのスケベが見たいだけ

幻覚に狂う者たち #1巻応援

ただ推しのスケベが見たいだけ 山口八三
兎来栄寿
兎来栄寿
1話を読んだときから「推したい!」と思っていた本作。遂に待望の1巻が出ました。 中小のデザイン会社に勤務する会社員の市田希(34)が、過酷な日々の労働や面倒な人間関係というストレスに晒されながらも「推しのスケベ」により活力を得て生き続ける物語です。 対象は違ったとしても、推しの存在によって心を浄化して毎日を過ごしている方は強いシンパシーを得られる作品でしょう。 私もさまざまなジャンルの濃厚な方と関わってきており、その中には希さんのようなとにかくスケベが大好きな方もいました。某Fや某Tへの課金がエグく、そこの日々のランキングにより二次創作の潮流の変化をダイレクトに感じているというその知人に本作を勧めたら、大笑いしながらところどころで「わかるわかる!」と強く共感してくれました。 作中で 「推しの絶望顔が見たい」 「推しカプのハッピーエンド∞見たい」 「推しカプを正史にしえ己の幻覚を正当化したい」 「推しの大スカ激しめが見たい」 「推しのグロッシーでウェッティーな人体損壊が見たい」 「推しの初夜マルチバース全て見てえ」 などのプラカード・看板をそれぞれが掲げるシーンがありますが、人の数だけ哲学があるというのと同様に一人の中であっても時に矛盾した感情や欲望が同居しているよなぁと思います。 カオスの中で確かなことは、希が言う通りすべては幻覚であるということ。でも、私たちは幻覚に生かされているしこれからも幻覚に獣偏に王って生きていくのでしょう。そして、幻覚のために争い傷つけ合うこともある、因果な生き物。女オタクならではの界隈の空気感のリアルな絶妙さは、ちいかわなら怖くて泣いちゃうところです。あとがきによれば本作は単なるオタク讃歌ではなく、そこを描いた上で掘り下げた先の深い部分が本懐のようですので、今後も楽しみです。 1巻の範囲で言うと、鈴子とのエピソードや 「オブラートで己の欲望をガチガチに包まないと飲み込めないのだと思います」 のような言語化の鋭さがとても好きです。 あまりに好きなパワーワードが多いので、今回は作中の強い言霊を一枚の画像にまとめてみました。感じるものがありましたら、ぜひご一読ください。
100年の経

小説家がいなくなった未来で #1巻応援

100年の経
兎来栄寿
兎来栄寿
AI関連の議論を見ない日はないというほど、世間にAIが浸透している時代がやってきました。地続きの現実を生きていると実感が薄いですが、今や小学生でもAIを使って作文やデータ解析ができる時代です。自分の子供のころを思うと、『ドラえもん』で夢見たような未来の一端が実現されていると言えるでしょう。 ただ、テクノロジーの進歩が輝かしく照らす道の端には、その陰で失われていくものもあります。多くの職業がAIによって代替され消えていくのは必然で、人類の歴史上でも繰り返されてきた出来事です。 この物語は、余命1年を宣告された売れない小説家・菅井櫓を描く物語です。コールドスリープをした100年後の未来では、彼の作品が21世紀のベスト10に選ばれており国中が彼の新作を心待ちにしているという状態でした。 生成AIを利用して小説を書く「呪言師(ソーサラー)」の台頭により小説家を含む物書きがいなくなってしまってしまった世界を舞台に、創作の意義や様態にまつわる問いかけがなされていきます。 また、この物語を牽引するのはヒロインの更科結衣の存在です。自分の作品を処女作からすべて読んで愛し、生きる糧にしてくれていた女の子。櫓は、他の誰のためでもなく彼女のために小説を紡ごうとします。コールドスリープして100年経った世界には普通に考えれば結衣がいるはずはないのですが、直筆の手紙が届いたことで存命の可能性があると解り、彼女にまつわる謎と彼女との関係性という部分も本作のポイントとなっています。 小説がテーマになっている作品らしく、「経」と書いて「たていと」と読ませるタイトルから、作中で櫓が発するさまざまな言の葉まで文学的な表現に溢れているのも特徴的です。 「一流の文学者なんてのはもっと残酷な人種であるはずだ。彼らは、青春期の若者たちに一生彼らの心臓を掴んで離さない鮮烈なトラウマを、いかにして植え付けようかと苦慮するような人種であるはずだ。文学の持つ毒を、持てる限りの文才で、いかにも12月の針葉樹のように美しく飾り立てて…」 「インクの木になった果実でお腹を満たしたい」 といった表現は好きです。私も、電子の海に漂って生きながらも槙島聖護のように紙の本を愛し続けていくことでしょう。 ミケランジェロの言葉や『ソクラテスの弁明』を引用して、創作における芸術家の役割は実は本質的には変わっていないのではないか、と考える節など芸術の根幹に触れる部分は特に興味深く、AIが隆盛を極めていく時代にあって今一度向き合っていきたいテーマに歴史を俯瞰しながら正面からぶつかっています。その上で、AIには成し得ない、AIを超える創作をしようとする姿が堪りません。 純粋な小説家との仕事をする機会が失われた編集者ニールセン・叶エが、ノウハウもまったくない状態で初めての作家とのやり取りに苦慮するのも面白いです。AIによって現代よりも圧倒的に大量の物語が作られるようになった時代であるなら、その良し悪しもまた人間ではなくAIが判断するようになっているはずです。編集者という仕事は名前は同じでも仕事内容は大きく変わっていそうで、他の編集者がどのようなことを行っているのか気になります。 自動運転車は当然実用化されているとして、SF好きとしては端々に登場するであろう未来ガジェットの数々にも興味津々です。 小説の、創作の、創作者の未来に肉迫しようとする意欲作。物語を愛するひとりの人間として、目が離せない作品です。
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