マンガ酒場【18杯目】不思議なビールをめぐる苦くて甘い物語◎コナリミサト『恋する二日酔い』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。18杯目は、とあるビールをキーアイテムとした短編集、コナリミサト恋する二日酔い』(2012年~13年)をご紹介しよう。

『恋する二日酔い』

 大人気モデル・渋谷なつこ(愛称・シブナツ)をCMに起用し、女子をターゲットとしたビール「ピンクビールアワー」。女子向けというと甘いお酒のイメージがあるが、このビールは辛口なのにフルーティ、キレがあるのにクリーミィ、そのうえカロリーゼロでコラーゲン配合と、いいことずくめで大ヒットした。本作は、そんな不思議なビールをめぐる苦くて甘い13編の物語を収録した作品集だ。

 第1話の主人公は、シブナツによく似たキャンパスのマドンナ・遠藤由麻里と、奇抜なスタイルのトンガリ系女子・小林という対照的な二人。ゆるふわな容姿と物腰で飲み会でもいつも男子にちやほやされる由麻里を横目で見ながら盛り上げ役に徹していた小林は、社会人になったタイミングで由麻里的な女に擬態する。

 ちょっと由麻里の真似をしただけでコロッと騙され、ちやほやする男たち。しかし、寄ってくるのはつまらない男ばっかりで、本当に趣味が合いそうと思ったシバタには擬態を見透かされフラれてしまう。帰りの駅のホームで「何やってんだか私」とガックリ落ち込む小林に声をかけてくる見知らぬ女。それはなんと、昔の自分のようなファッションに身を包んだ由麻里だった。

 まるで中身が入れ替わったかのようにイメチェンした二人は、お互い相手のことをうらやましく思っていたことを告白する。由麻里は由麻里で社会人になったのを機に小林のキャラを真似して空回りしていたのだった。久しぶりの再会でやっと本音を明かすことができた二人はピンクビールアワーで乾杯、素の自分を取り戻す【図18-1】。

【18-1】素の自分を出して飲む酒はうまい。コナリミサト『恋する二日酔い』p14より

 ここでのピンクビールアワーは、さほど重要な役割を果たしているわけではないが、CMタレントであるシブナツのイメージが物語のベースとなっている。そして、より直接的にシブナツが絡んでくるのが、ガールズバー勤務の女性のエピソードだ。

 主人公の池田アキ(25)は元女優で、かつてはシブナツと同じ事務所に所属していた。当時は自分のほうが売れていたのに、今はガールズバーで客にピンクビールアワーを注ぐ立場。しかも店のテレビにシブナツのCMが映り、「そういやきみ ちょっとシブナツに似てない? シブナツの若干惜しい版って感じ!」などと言われてしまう。そんな彼女が、とある客の言葉で初心を思い出し、再び女優の道に挑む――という筋書き。

 ピンクビールアワーそのものがストーリーに絡むのは、第6話。年末に新幹線で帰省する女が車内販売で「ピンクビールアワーじゃないやつ」を買う。なぜわざわざ「じゃないやつ」を買ったのか。実は彼女はそのピンクビールアワーの缶をデザインした会社のデザイナー。ただし、彼女の案はコンペで落ち、後輩の案が採用された。自信喪失と嫉妬の入り交じった気持ちから、ピンクビールアワーを飲む気になれなかったのだ。

 しかし、もうデザイナーなんてやめてしまおうかと悩んでいる彼女を、実家の家族や親戚は拍子抜けするほど明るく能天気に迎え入れる。すっかりリラックスした気分で正月を過ごしているうちに、また仕事への意欲が湧いてきて……。

 13編のストーリーは、基本的には登場人物たちが前向きに歩み出すところで終わる。なかでも最高にハッピーなのが、2話に分けて描かれた姉妹のドラマだ。毎晩楽しく晩酌しながらガールズトークに花を咲かせる母と妹に引きかえ、姉はお酒が苦手。派手めでかわいい妹に対して、姉は見た目も性格も地味だった。そんな姉が勇気を出して初めて入ってみたバーで知り合ったバーテンダーと、ひょんなことから付き合い始める。

 ついでに一人暮らしも始めた姉の家で、彼氏と妹も呼んでの宅飲みの会。姉が用事で帰宅が遅くなるということで、彼氏と二人きりで飲み始めた妹は「お酒って最短で仲良くなれるから私大好き」と胸元の開いた服で彼氏に迫る【図18-2】。

【18-2】姉の好きなものを奪いたがる妹だが……。コナリミサト『恋する二日酔い』p101より

 すわ、浮気か略奪愛か……という場面で女性客にもモテモテだった彼氏がどうしたか、「桜のものは桜のもの お姉のものは桜のもの」とうそぶく妹の本心はどうだったのか。詳細は本編でご確認いただきたいが、姉の帰宅が遅れた理由も含めて、小粋な展開に思わずニヤリとしてしまう。

 ハッピーエンドではないが、新郎新婦の元カレと元カノが結婚式帰りに飲みながら愚痴り合うエピソードの結末も鮮やか。単行本描き下ろしの最終話は、人格が宿ったピンクビールアワー自身を語り手としたストーリーで、これまたグッとくる。

 ドラマ化もされたヒット作『凪のお暇』(2016年~連載中)で一躍その名を知られた作者だが、ポップでキュートな絵柄とキャラクター造形、洒落たストーリーテリングは本作の時点でほぼできあがっていた。作者自身も酒好きらしく、空きページに挿入された酒飲み話にもそそられる。

 そこで語られたチェーン店飲みをネタにした『ひとりで飲めるもん!』(2017年~19年)という作品もある。ただし、エッセイではなくキャラを立てたストーリーものだ。見るからに「デキる女!」という感じの美貌カリスマOLが、実はチェーン店飲みが大好き――という設定で、「てんや」「餃子の王将」「富士そば」などをモデルにした店で飲んで食う。普段は素敵プロポーションなのに、うまい酒とつまみに感極まると3頭身に縮んでしまうキャラがかわいい【図18-3】。

【18-3】うまい酒とうまいつまみで頭身が縮む。コナリミサト『ひとりで飲めるもん!』p6より

「大好きなチェーン店飲みのマンガが一冊にまとめることができて嬉しいです」という作者の言葉どおり、本当に好きで描いている感じが伝わってくる。どちらかというと酒より料理がメインだが、近所のチェーン店でサクッと一杯やりたくなること請け合いだ。

 

 

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