マンガ酒場【16杯目】女性バーテンダーの仕事と人生◎早川パオ『まどろみバーメイド』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。16杯目は、女性バーテンダーたちの活躍を描く、早川パオまどろみバーメイド』(2017年~連載中)をプッシュしたい。

『まどろみバーメイド』

 夜な夜な、どこかの街角に現れる屋台のバー。店主は若き女性バーテンダー・月川雪(つきかわ・ゆき)だ。お酒の知識がほとんどない初心者から通を気取った面倒くさいおっさんまで、訪れる客はさまざま。どんな客にも丁寧に接する彼女の腕は一流で、屋台だからと舐めてかかった客をひねりの効いたカクテルで唸らせる【図16-1】。

【図16-1】「焼酎で何か作ってもらおうか」という注文に応えて。早川パオ『まどろみバーメイド』(芳文社)1巻p16-17より

 しかし、バーテンダーでありながら実は夜が苦手で、営業中でもうっかりすると寝てしまう。だから「まどろみバーメイド」というわけだ。仕事以外のことにはポンコツで、生活能力は低い。そんな彼女と一緒に暮らすのが、アネゴ肌の伊吹騎帆(いぶき・きほ)とナイスバディな天然系・陽乃崎日代子(ひのさき・ひよこ)。騎帆は一流ホテルのセカンドチーフバーテンダーで、3人が暮らす家の大家でもある。雪の素質を見抜いてバーテンダーの世界へと導いたのも彼女だった。日代子も高円寺のバーに務めるバーテンダー。華麗なパフォーマンスで魅せる「フレアバーテンダー」である。

 雪の屋台にやってくる客の事情にカクテルのうんちくを絡めたドラマを軸に、騎帆と日代子がサポート役として画面を彩る“バーテンダーアイドル3人娘が大奮闘!”的な軽いノリのマンガかと最初は思った。実際、ちょっとしたお色気サービスシーンはあるし、連載開始当初はそんな雰囲気のエピソードが一話完結形式で描かれた。

 ところが、雪の生い立ちと騎帆との出会いが描かれたあたりから、明らかにフェイズが変わる。一話完結ではなく連続するエピソードが増え、それぞれの登場人物の人生と仕事への姿勢が掘り下げられることで物語性が高まっていく。最初にそれを印象づけたのは、騎帆が働く新宿のホテル「エリシオン」のバーを舞台とした一夜の出来事だ。

 新しくできたホテルに客を奪われ、閑古鳥が鳴く老舗エリシオンのバー。その支配人である早馬明(そうま・あきら)の携帯に別れた妻から「娘がいなくなった」と連絡が入る。同じ新宿のレストランで食事中にトイレに立った隙に姿を消したという。店は空いているし自分が抜けても問題ないと判断し、探しに行こうとする早馬。しかし、そんなときに限って、なぜか大量の客が押し寄せてくる。日本人だけでなくアジア系観光客も多い。キャパを超えた突然の団体客にバーはパニック状態に。娘のことが気になりながらも抜け出すわけにいかなくなった早馬は、スタッフに指示を出しつつ自身もフロアに立つ【図16-2】。

【図16-2】スタッフに指示を出すバー支配人・早馬。早川パオ『まどろみバーメイド』(芳文社)4巻p24より

 なぜそんなに大量の客が一時に集中して来たのか。その理由は判明したものの混乱は続く。待たされる客のイライラ、焦りからミスをするスタッフ、バックヤードの人員不足でグラスも枯渇……。破裂寸前の風船のような緊張感に満ちた描写はスリリングで、見ているこっちも胃が痛くなる。その絶望的状況をホテルスタッフの協力と機転で乗り切る展開、伏線回収と緩急の効いた演出には思わず拍手喝采! 大量の客が来た理由をパニック解消策に利用した騎帆のアイデアも見事だった。

 実は名古屋の老舗企業の娘だった日代子が、政略結婚するかバーテンダーを続けるかを賭けてステージパフォーマンスに挑むエピソードも胸アツだ。四姉妹の末っ子で、優秀な姉たちに対するコンプレックスを抱える日代子は、フレアバーテンダーの仕事にも自信を失いかけていた。しかし、特訓を重ねて背水の陣で臨んだ舞台で、停電のアクシデントも乗り越えて、アスリートで言う「ゾーン」に入った彼女は奇跡的なパフォーマンスを披露する【図16-3】。

【図16-3】華麗なパフォーマンスを見せる日代子。早川パオ『まどろみバーメイド』(芳文社)6巻p40-41より

 そうかと思えば、エリシオンを勇退するチーフバーテンダー・余呉(よご)が情報番組の生放送で銀座の新進気鋭バーテンダーにコケにされ、ホテルの威信も傷つけられる事件が発生。そのリベンジとして、伝説の番組「バーマンプラチナム」(「料理の鉄人」のバーテンダー版)で銀座チームとエリシオンチームが対決するエピソードもあった。そこで繰り広げられるバトルは、まさにバーテンダーの仕事とは何かを問うもので、見ごたえありまくり。

 つまり本作は、第一印象の軽いノリから、バーという場所、バーテンダーという仕事そのものをテーマとした骨太な人間ドラマへと進化した。香港No.1のバーテンダーコンビ、エリシオンのバーの気弱な案内係、レストラン部のソムリエール、雪の屋台を製作した修理工場の女工場主など、主人公3人以外にも魅力的なキャラが多数登場。「バーマンプラチナム」のあとにも斬新なスタイルのバーのアイデアを競うエピソードがあったりして、バトルものとしても楽しめるエンタメ度の高い作品となっている。

 もちろん、お酒に関する情報も満載だ。スタンダードカクテルだけでなく、雪が得意とするツイスト(アレンジ)カクテルのレシピもきっちり紹介される。原木しいたけを漬け込んだウイスキーで作った「ジャパニーズオールドファッション」、サイドカーを和栗とマディラワインでアレンジした「オータムブリッジ」、ミョウガを使ったダイキリやコリンズなど、奇想天外なカクテルも登場するが、レシピは「Bar石の華」オーナーバーテンダー・石垣忍氏提供とのことで、奇抜さを狙っただけのものではない。

 繊細かつシャープな線で描かれるシェイクやステアといったバーテンダーの所作の美しさも見どころ。それを目の前で見られるのもバーカウンターの醍醐味だろう。と言いつつ、筆者自身はバーに行ってもウイスキーをストレートかロックで飲むばっかりで、カクテルはまず頼まない。が、本作を読んでいると「たまにはカクテルも飲んでみるか」と思ってしまう。それぐらいシズル感ある描写なのだ。

 現実のバーにおいては、まだまだ男性社会の部分もあるだろう。雪や騎帆や日代子のように、女性バーテンダーがどんどん活躍するようになればいい。

 

 

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