ナリキンフットボール
現代的な主人公によるJ2からの立身 #1巻応援
ナリキンフットボール 明石英之 清水海斗
兎来栄寿
兎来栄寿
旧来の作品においては、データや科学的アプローチを重視する頭脳派キャラというのは噛ませ犬ポジションであることが非常に多いものでした。データを過信して、データを超える強さや成長やチームワークを見せる主人公側に敗れるというのが様式美です。 しかし、今は逆にデータで戦う頭脳派キャラクターが主人公になる時代なのだなぁとこの『ナリキンフットボール』を見てもしみじみ思います。 古くから行われてきたスポーツアナリティクスが近年では現実世界でも非常にメジャーな存在となってきたことはSports Analytics Labのこちらの記事に詳しいです。 https://www.sportsanalyticslab.com/column/sports-analytics-history.html 特に、2003年に発売され2011年にブラッド・ピット主演で映画化もされ大人気となった小説『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』の大ヒットもあり、一般的にもプロスポーツの世界でデータを分析し活用することを重視して戦うことはメジャーになりました。 それから更なるテクノロジーの発達によりGPSやドローンでより多角的にデータを採ることができるようになり、得られたビッグデータをAIによって解析させることも可能となりました。それによって、人間が抱く印象を超えたいくつもの真実が浮かび上がってきます。 本作の主人公は、サッカーIQが非常に高く目に見えない部分のチーム貢献度が大きいセンターバックの我王(がおう)。彼が、J2という舞台から最高の選手を目指していく物語です。我王は体力テストにおいてはJ2でも最下層で、技術的にも優れているわけでもない選手です。しかし、対戦相手や味方の分析を誰よりも深く緻密に行っており、俯瞰した視点から試合全体を見通すことのできる能力を持っています。 近年では、運動能力の66%は遺伝的な要因で決まるという研究もあるそうです。体格や骨格、柔軟な筋肉などはどうしたって天与のものです。フィジカルやスピードはいくら鍛えても先天的な才能の差で負けてしまうことも多いでしょう。しかし、たくさんの知識を得た上で他者よりも多く思考するというところに関して言えば、時間さえかければ誰にでもできる、努力の余地か大いにある部分です。 実際、近年目覚ましい活躍を見せる日本代表の三笘選手も目に見えるドリブルや決定力のすごさはもちろんのこと、それ以上に高いサッカーIQこそが特筆すべきものであると言われることもあります。 超常的な身体能力を持たなくても圧倒的なインテリジェンスがそれ以上の武器となること、それが主人公像にさえなり得ること。「頭が良いことはかっこいい」という、現代的な価値観が反映されています。 なお、我王はアナリストではなくあくまで選手としてのトップを目指します。なぜなら、アナリストではどれだけ頑張っても億単位の収入を得られないからです。サッカーが下手なままで、頭脳によって最上位のプレイヤーを狙っていく。そこに新鮮味のある面白さと熱さが詰まっている作品です。11人でやるチームスポーツだからこそ、個の能力以上に戦略やチームワークがものをいうサッカー。個性豊かなチームメイトと共に、我王がどのような戦略を打ち立ててチームを躍進させていくのかワクワクします。描かれているのはサッカーではありますが、ビジネスなどにも通じる物語でもあります。 J2のチームの予算配分などプロスポーツの経済的な部分も詳しく語られるので、『グラゼニ』のような作品が好きな方にもお薦めです。
マタギガンナー
マタギ系漫画だ!やったー!と思いきや
マタギガンナー 藤本正二 JuanAlbarran
さいろく
さいろく
まさかのe-Sports系。 1巻の表紙買いをしてしまった自分が悪いんだけど、初めて手に取るタイトルは買う前にあらすじを読むのも重要ですね。 せっかく買ったから読もう→気づいたら6巻まで読み終わってた! クチコミ残そう、と思ったらマンガ沼webでピックアップされてて、川島さんがザックリ説明してくれてました。 https://manba.co.jp/manba_magazines/26332 個人的にFPSはPUBG・APEX・フォートナイトぐらいしかやったことないんですが、本作ではAPEXっぽいゲームを、伴侶に先立たれたお爺ちゃんマタギがひょんなことからプレイしてみるというマンガ。 どうも原作者がスペイン人らしい。スペインで原作書いて日本人が日本でマンガ起こしてるのってすごいな。 ただ、なんでそんなにいきなりFPSが上手になれるのか…?とか無粋な事も正直思ったのでそこら辺を割愛せずに説得力持たせてくれたほうがよかったのでは、とかは思いましたが、そんなこたーいいよっていうぐらいサクサク話が進みます。 大枠を俯瞰すると典型的な展開ではあるものの、そういう典型的な徐々に仲間が増えていったりする物語をスピード感持ってサクサク描かれているのは人気が出るのもわかりますね。スナック的に楽しめるので(悪い意味ではなく)ご時世的にはとっつきやすいのかな。 1巻を読んだ時点では、川島さんも言ってますが2巻ぐらいで終わっちゃいそうな雰囲気がしてましたが現在6巻まで。また続き出たら読むと思います。
みょーちゃん先生はかく語りき
ポルノ原理主義
みょーちゃん先生はかく語りき 鹿成トクサク 無敵ソーダ
江戸川
江戸川
ネタバレ含まないように内容には触れず。 タイトルは、ニーチェの名著「ツァラトゥストラはかく語りき」から取ったのは明らかだが、内容は一切関係ない。 気持ちいいくらいポルノ(商品)として作っている作品。 たくさんの美少女たち(年齢は違うが、造形は全て幼さが残る女性たち。エイジズムを感じさせる)が、性にまつわる話しや実践を行う。読者は傍観者であり、覗き見している感覚にさせる。劣情の煽り方がうまい。 ニーチェの言うところの「深淵」はない。深堀りするのが野暮なほど、ポルノに徹している。 こういうお粗末でシンプルな作品は、気持ちいいので嫌いではないが、哲学的に考察することが趣味なので、あえて違う角度から。 ポルノに徹するこの作品、ある意味、漫画家たちの高尚なものを作りたいという有りがちな心情へのアンチテーゼに思える。 なぜニーチェの言葉を引用したのか。 「神は死んだ」という有名な言葉があるが、作者は「高尚なものの存在価値は死んだ」と、言いたいのではないか。 ある意味、正解である。 漫画を通して、何かを伝え、誰かを救ったり世界を少しでも良くできるか? 非常に難しいだろう。 それならば、一日の疲れを癒やすようなサプリメントのような役割に徹する。そちらのほうが役に立つのではないか、と。 間違っていないような気がする。 しかし僕は、宮崎駿や高畑勲などの「漫画やアニメという媒体は、思想の伝達のツールとして有能」という理由からの、ある種のアンガージュマンに感動する。 日本はもう下降する一方だ。景気のいい時代のように、考えないままでいるわけにはいかない。「パンとサーカス」を与えている場合ではないのだ。 商業主義、拝金主義に迎合せず、使命感を持って、血も滲むような努力をしながら、「微かな可能性」にかけて制作する作家たちを応援したい。 ニヒリズムに陥って居直る作家たちよりも。
慎みなさい篠宮くん!
新食感の居酒屋群像コメディ #1巻応援
慎みなさい篠宮くん! 桃聖純矢
兎来栄寿
兎来栄寿
『恋は妄毒』の桃聖純矢さんの新刊が2冊同時発売しました。その異才ぶりは、同時発売の短編集『桃聖純矢短編集 ハニーサックル』を読んでいただければよくわかります。 純度100%の短編たちに比べると、連載作品のこちらはマイルドで楽しく間口の広い作品に仕上がっています。ただ、それでも主要キャラから滲み出る作家性は健在です。 この作品は、所沢のあるチェーン店居酒屋が舞台。かわいい娘を持つ店長と、その娘を露骨かつ執拗に狙っているチャラいけど仕事や気遣いはめちゃくちゃできてコミュ力おばけで人気者の篠宮くんとのせめぎ合いを描いたコメディとなっています。 気軽に「お義父さん」と読んでくるし、ことあるごとに娘の個人情報を聞き出そうとしてくるし、油断も隙もない篠宮くん。しかし、時折見せるのが娘ではなく店長自身への謎の気持ちの向け方。もしかしたら、本当に狙っているのは店長なのでは……? というミステリ的要素も含んでいるのがひとつポイントです。 篠宮くんと並んで存在感を放つのが、社員の酒井さん。常に周りに厳しく、店長にも当たりが強い……かと思いきや、2年前の妻の出産日に立ち会わせてもらった恩義を強く感じていて、内心では店長を崇拝している彼。しかし、それにも関わらずアクシデントも重なって店長にはうまく接せないし、篠宮くんはやたらとフランクに店長と絡んでてジェラシーを禁じえないしでかわいそうな酒井さんがまた癖になります。 「バッシング」「金種表」「グリスト」など、居酒屋バイトの解像度がとても高いのも特徴的です。居酒屋バイト経験者は「あるある!」という気持ちになるのではないでしょうか。学生同士の職場の大変だけど楽しいわちゃわちゃ感も描かれます。個性豊かな学生バイトたちとがんばって上手くコミュニケーションを取ろうとするも、なかなか上手く立ち行かない中年店長の悲哀もまた共感を呼ぶポイントでしょう。 徐々に店長の妻の美代子にも取り入り好感度を高めていく篠宮くんの本懐は果たしてどこにあるのか。それが果たせる日が来るのか。 笑いの裏に少しの恐怖がありますが、それでも楽しさが上回る作品です。若いイケメンにほだされて戸惑うおじさんが見たい方にお薦めです。