「オリはよう、オリは誰なんだよう!」—ジョージ秋山『くどき屋ジョー』を読んで、漫画史に残るダークヒーロー・毒薬先生の魂の叫びを聞け!

『くどき屋ジョー』

 2020年に亡くなった日本漫画界の鬼才・ジョージ秋山。彼が長く『浮浪雲』を連載していた『ビッグコミックオリジナル』では、同年7月に追悼の特集を行い、その中でちばてつや永井豪本宮ひろ志……といった様々な豪華漫画家が追悼イラストを描いていました。描かれたイラストの内訳としては、やはり掲載誌だけに雲の旦那をはじめとした『浮浪雲』のキャラが一番多く、次いで多かったのは『銭ゲバ』『アシュラ』、さらに『パットマンX』『ザ・ムーン』『ほらふきドンドン』『デロリンマン』といった少年誌掲載作でのキャラが続いていたのですが、その中でひとり異彩を放っていたのは福本伸行。彼が描いたのは、秋山の青年誌作品にスターシステムで多く登場したキャラ・毒薬仁(作品によっては毒薬仁太郎)だったのです。「毒薬先生(その辺の人間に「毒薬さん」などと呼ばれて怒り「先生」と呼ばせるシーンがあるのですが、読者としても毒薬先生のことは毒薬先生と呼ばざるをえない)を描くとは、さすが福本伸行!」とそのベストマッチっぷりに筆者などはたいそう感心したものです。というわけで今回は、その毒薬先生の初出作品である『くどき屋ジョー』を紹介します。最初の4話は86〜87年の『ビッグコミックオリジナル』増刊号にシリーズ掲載され、87年に『ビッグコミックスペリオール』が創刊すると、創刊号からの連載陣の一つとなりました。
 本作の主人公、城(じょう)竜介は、東大を出て一流企業・三ツ本物産に入り、4年で部長昇進したという超エリートで奥さんもいたのに、そのすべてを捨ててルンペンとして暮らしてるという変わり者。だが、行きつけの飲み屋のママから連絡が入ると、「悪い男に引っかかっている女を口説いて自分に惚れさせ、男と別れさせる」という仕事を遂行する「くどき屋ジョー」となる……というのが基本設定ですが、まあこれはあまり覚える必要はないです。

『くどき屋ジョー』1巻172ページより。これが主役のジョーです。まあいいこと言ってるというか、福本伸行作品における赤木しげるのキャラづけなんかに影響与えてる気もするんですが、それはそれとして本作は毒薬先生が強すぎるのだ……

 なぜなら、本作の魅力の9割以上は、1巻の途中(『スペリオール』での最初のエピソード)でジョーに女を奪われる役として登場し、以後ジョーを付け狙う仇敵としてレギュラーキャラとなる毒薬先生の存在にあるのですから……。
 さて、毒薬先生のキャラは、この初登場時でほとんど完成されています。ここで毒薬先生は「マドンナ」という自分の女(スケ)を、「更生させて家に帰させてほしい」というマドンナの親からの依頼を受けたジョーに口説かれ奪われてしまうのですが、その時の毒薬先生の様子はこうです。

『くどき屋ジョー』1巻225ページより
『くどき屋ジョー』1巻226ページより

 この約1ページ分だけで毒薬先生のエッセンス——つまり、
・自身の境遇に対するコンプレックス(顔、貧乏、田舎者、低学歴等……)、特に顔に対するコンプレックスがひどく、そのため女を即物的に求めずにはいられない。
・よく泣くし、そうかと思ったら即「殺してやる」となる、すごい躁鬱の激しい情緒不安定さ。
・殺しを含む暴力等の悪事に対する躊躇のなさ。
 がよく表れているといえましょう。ちなみに弱点は海です。

『くどき屋ジョー』1巻231ページより。毒薬先生の弱点を狙うジョー。……卑劣なり!

 こうして海に蹴り落とされた毒薬先生ですが別に死んではおらず、次のエピソードでは冒頭から出てきてジョーを完全に食ってしまう大活躍をし始めます。そして、ここで最初のエピソードにはなかった要素が足され、毒薬先生のキャラは完成を迎えます。その要素とは、「格言」です。「こんな格言を知ってる?」のダージリン様(ガルパン)ばりに、先人の格言を引用するキャラとなるのです。

『くどき屋ジョー』2巻38ページより

 余談ですが、以前筆者がこの「格言」という要素をもって毒薬先生とダー様を並列させたところ、友人の田中天氏が「毒薬ダージリン様」というツイートをして筆者は「オリンジピコ」でめっちゃ笑ってしまいました。

 で、このエピソードでは、結婚して引退したアイドル・山口モモコが「くどき」の対象となります。モモコの夫がろくでなしで、最終的にモモコ殺しを毒薬先生に持ちかけて遺産をゲットしようとする(三浦友和そんな悪人じゃねえだろ)奴なので、くどいて別れさせようとする……というのがストーリーラインになるわけですが、若かりし頃モモコの大ファンだったという毒薬先生はもう大活躍。窓ガラスに映った自分の顔を見ては「なんでオリは裕次郎みてえな顔じゃねえんだよう」と椅子を投げつけ、涙を流して精神安定剤を飲んだかと思えば次のコマでは「場合によってはモモコを殺す」と決意する情緒不安定っぷり。

『くどき屋ジョー』2巻57ページより
『くどき屋ジョー』2巻58ページより。最高の2ページ

 この、自覚のあるコンプレックスと、自分が悪に走るのはそれが原因だとする正当化は毒薬先生の特徴で、この後でジョーと対峙したときも「オリが悪くなったのは世間が悪いんだぜ。オリをいじめたよう」と語ってはジョーに「のうがきいってんじゃねえ。てめえはただ悪を抑制する心が足らねえだけだ」と返されたりします。

『くどき屋ジョー』2巻78〜79ページより。格言を訂正されて、しかもジョーは東大出だというから中卒の毒薬先生のコンプレックスを刺激するんですね

 モモコの夫にモモコ殺しを依頼され、格言を引用しつつ独自の哲学みたいなのを語るのも素晴らしいシーンです。

『くどき屋ジョー』2巻102ページより

 あと、毒薬先生はロマンチストというかよくセンチメンタルになるので、そんなときは海に行きます。これは「ストレスで心臓が弱っているので、穏やかな暮らしをするよう医者に諭された」という後のシーン。

『くどき屋ジョー』3巻116〜117ページより

 毒薬先生のシーンを引用しだすと本当にキリがないというか、もうとにかく登場シーン全部が名シーンという感じですので、最後に一番好きなシーンを。ジョーにビルの上から投げ落とされて死にかけ、「ここで死んじまったらなんのために生まれてきたかわからねーじゃねえかよう」と吠えた後の魂の叫び2ページ(格言あり)です。

『くどき屋ジョー』2巻228〜229ページより

 あ、ちなみに別にこのシーンで毒薬先生は死んでないので、3ページ後では元気(?)に海へ行って格言を引用しながら夕陽に向かって叫びます。

『くどき屋ジョー』2巻232ページより

 とにかく斯様に名台詞の嵐である毒薬先生のキャラは作者本人も大変気に入ったのか、この後は最初の段落で触れた通りスターシステムで『恋子の毎日』など別作品にも度々顔を出します。『スンズクの帝王 オリは毒薬』という作品では主役も張っていたりするので、気になった方はそちらもぜひ。なお、『オリは毒薬』も含めて、ジョージ秋山作品は割と多くが電書化されている(しかし、電書復刊の需要が一番あるだろう『ラブリン・モンロー』がされる気配がないのは何とかしてほしい)のですが、『くどき屋ジョー』についてはeBookJapanなど一部のプラットホームのみでの配信となっておりますのでそこはご注意を。

 

 

 

記事へのコメント

毒薬さんはジョーの引き立て役かと思っていたが、読んでみたらジョーがドクグスリ先生の引き立て役でした。

「まさか堅気に?」と敢えて尋ねることで毒薬先生の求悪心を刺激し奮い起たせる舎弟の方は、毒薬先生を誰よりも理解していると言えるでしょう。

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