ばるぼら
どうしようもなく憎くて愛しい謎の女
ばるぼら 手塚治虫
nyae
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作家・美倉が、酒に溺れた浮浪者・ばるぼらを道端で拾うところから物語が始まり、同時に美倉の人生が破滅へ向かうスタートが切られます。売れっ子小説家であるがゆえに様々なしがらみに囚われた生活を送っている美倉に対しばるぼらは、人の金を使って酒をあおり、機嫌を損ねれば別の男のところへ去り、行くところがなくなればふらっと美倉の元へ戻る、の繰り返しという気まぐれな生き方。 そんな傍若無人なばるぼらに振り回されて少しずつ人生の歯車が狂っていくのに、ばるぼらがそばにいないと何もできなくなる美倉。これは恋なのか、愛なのか、すべては毒に冒されて見たただの幻なのか…? ばるぼらの正体が魔女だと美倉が言い張るエピソードもあり、魔法は使えないけど、魔力はあるんじゃないかと思わせる意味では本当に魔女なのかもしれません。 ばるぼらに謎の魅力があるのも事実ですが、美倉が底抜けのお人好しなんだろうというのも読んでいて常に思うところでした。出会ってはいけないふたりだったんだと思います。 映画は特に見るつもりはなかったけど、読んでみると、これが実写映像化されるということに非常に興味深くなりました。
サスピション
サスペンスに満ちた短編集
サスピション 手塚治虫
一日一手塚
表題の『サスピション』シリーズ3作を中心にサスペンス色たっぷりの短編集です。3作はどれも20p前後と短いながらも人の心の行き違いが生む皮肉な結末がスリリングに描かれるのが特徴です。 ロボットを使った完全犯罪を目論む「ハエたたき」、山奥に住む男と金貸しとの命の駆け引きを描いた「峠の二人」など、人の猜疑心や臆病な心が思わぬ結末に向かっていくのが読んでいてハラハラします。 なかでも自分の一番のお気に入りはカバーイラストにも採用されている第3話「P4の死角」でした。 P4レベルという最高度セキュリティの研究所で行われる遺伝子実験中、作業員が誤って実験用のDNAを体に注入してしまうところが物語の始まり。隔離措置を取られ、防護服を着た研究員に囲まれるようすは臨場感があります。 このリアルな描写が後半効いてくるのでじっくり味わってほしいですね。 彼の体は一体どうなってしまったのか…というところが物語のキモなのですが、コンパクトに纏まっているのでなにか説明すると面白さが半減してしまうもどかしさが…。 とにかく読んでみてほしいです。手塚治虫の物語の構成力、人の心情の描写力が高密度で味わえます。
ライオンブックス
悪魔がかわいい戦国時代版ファウスト『百物語』
ライオンブックス 手塚治虫
一日一手塚
手塚治虫がゲーテの「ファウスト」を題材に描いた三作品のうちの二作目『百物語』がライオンブックスシリーズの5巻に収録されています。 舞台を大胆にも戦国時代にアレンジした本作は、子ども向けに原典を紹介した『ファウスト』から一段の飛躍が見られ、オリジナリティにあふれたキャラクターの魅力と物語のダイナミズムが魅力です。 武士として不本意な死を遂げることになった主人公は悪魔「スダマ」に魂を売り渡すことを条件に 「満足が行くまで人生を過ごす」「天下一の美女を手に入れる」「一国一城の主になる」 この3つの願いを叶える契約を結び、不和臼人(ふわうすと=ファウスト)として新たな人生をスタートします。 なんと言っても悪魔のスダマがかわいい。 当初は契約のために不和に力を貸すだけの振る舞いでしたが、一緒に過ごす中で不和のことを気にかけるようになりかわいらしさが増していきます。この世一の美女である玉藻の前に嫉妬したり(自分が紹介したのに)。 一作目の『ファウスト』では悪魔メフィストフェレスはマスコット的な立ち位置でしたが、本作のスダマは油断ならない契約相手でもあり、頼りになる相棒でもあり、けなげなヒロインでもあるのです。 この重層的なキャラクターが彼女の魅力を引き立てています。 「満足した人生」とはなにかというファウストのテーマが、不和の武士としての生き方とスダマとの関係性のなかで見事に描かれています。美しいクライマックスでした。
ファウスト
ファウストってこんな話だったんだ…
ファウスト 手塚治虫
一日一手塚
『ネオ・ファウスト』を読もうかなと思っていたのですが、手塚は何度か『ファウスト』をテーマにしたマンガを描いていると知って、本作から読むことにしました。 作品の詳細は公式サイトに詳しいです。アニメーションチックなキャラクターデザインや動きはフライシャーなどが参照されているとのこと。 https://tezukaosamu.net/jp/manga/418.html 横長三段の形式で描かれるコマは今の感覚だと読みづらい部分もありますが、こちらもアニメのカメラの感覚を意識しているのかな…など想像が膨らみます。 そして物語の方はなかなか難しい…。正直言ってファウストの言動が破天荒すぎてついていけないところがありました。 気の向くまま欲望の赴くままに悪魔メフィストの力を振るい、メフィストすらも道具として割り切って扱う冷徹さはほとんど悪役。「満足」を知らない彼は暴走を続け、罪なき人を手にかけた段階でようやく後悔し始めます。 もとの老人の姿に戻ったファウストは「満足するための努力」をしてきた自分を誇ります。努力の尊さを噛み締めたことで最高の満足を味わった彼はいよいよメフィストとの契約で地獄に連れ去られそうになるのですが、そこを天使に救われ天国へ辿り着きハッピーエンド。 この「努力」、作中ではさまざまな人への迷惑をかけてきた行為でしかないので、正直ピンとこず…。天使の正体もファウストのせいで死んでしまったマルガレーテ王女だし。 人は迷い過ちを犯すものであり、それを認めたうえで本人の絶えぬ努力(野心)に加えて、純潔の象徴たるマルガレーテの弁明があることで救われる…というのが原典ですが流石に端折り気味なのでは…と思ってしまうところもありました。 とはいえ「ファウスト」が大まかどんな話なのかを掴むのにはピッタリの作品だと思います。児童向けに描かれたというバッググラウンドもあってか、非常に分かりやすいです。 本作を踏まえた上で、次は同じくファウストがモチーフになっている『百物語』も読んでみたいと思います。
未来人カオス
ふたりの男の友情の行く末を描くスペースオペラ
未来人カオス 手塚治虫
一日一手塚
近未来。須波光二と大郷錠は互いに銀河総合アカデミーへの入学を志す親友でした。しかし優秀な須波へ密かな嫉妬心を抱く大郷はとある陰謀に利用され、なんと須波を殺害する計画に加担します。謎の存在オパスの力によって姿を変えて蘇生した須波は、宇宙移民局の局長となっていた大郷に見つかり流刑星へ放逐され、カオスと名を変えて新たな人生を送る…という怒涛の冒頭部が読み応え抜群でした。 物語は宇宙の果てでさまざまな異星人と交流しながら生き延びるカオスと、地球で陰謀に巻き込まれながら立身を図る大郷の視点で進んでいきます。 大郷も一見救いようのない邪悪に思えますが、決して強い人間ではなく、心の弱さから人を恐れ、悪事に手を染めています。生き返った須波を殺さず流刑にしたことからも、彼がどんな男なのかよくわかります。きっと2度は親友を殺せなかったからでしょう。常に後悔・不安・罪の意識に苛まれながらも、生きていくためにギリギリの選択として悪を為しているのが大郷なのです。 須波との友情を手放し、他人を拒絶し続けた孤独な大郷。広大な宇宙に放逐されながらも生に執着し、多様な宇宙人と信頼関係を築き上げたカオス。 ふたりのあいだにあった友情と信頼は一見消え失せてしまったように見えます。互いに憎しみ合い、スキあらば殺そうとする中盤の展開は壮絶そのもの。 だからこそクライマックスでカオスと大郷が最後に見せる表情には目頭が熱くなります。最終ページには「第一部完」とありますが、その後続編などは描かれなかったよう。 友情とは何なのか。ふたりの関係性がどこに着地するのか。壮大なテーマと世界観、もっと見ていたかったと思わされました。
ゴブリン公爵
手塚治虫が描く巨大ロボアクション!
ゴブリン公爵 手塚治虫
一日一手塚
古代中国の遺跡から発掘された巨像。この像こそが超能力によって操れる巨大ロボ「燈台鬼」です。巨大ロボものも描いてたんだ…という素朴な驚きから読んでみました。 燈台鬼を手に入れようとする邪悪な少年、珍鬼の目線で物語が始まる構成が新鮮で、展開が予想できないドキドキ感が序盤にはあります。 主人公、貫一が登場してからはゴブリン公爵と名を変えた珍鬼と燈台鬼を奪い合うのがメインテーマ。タイトル、『燈台鬼』じゃなくて敵の名前なんだっていうのもなんだか面白いですね。 燈台鬼に念を飛ばし動力源となるのはヒロインの愛愛ですが、肩に乗って指示を出し実際に「操縦」するのは貫一です。この辺りの役割が分かれているのもロボものの妙味を抑えてあって楽しい。 破壊の化身として作られた燈台鬼が正義の心に目覚めたり、敵に機体を乗っ取られたり、ライバルヒロインが登場したりと今に連なるロボットアニメのスタンダードが大体描かれているのが圧巻で、総理が燈台鬼の対応に手をこまねく様子なんかほぼ『シン・ゴジラ』ですよ。展開もギミックも全く古臭くないです。(もしかしたらロボアニメが変わってなさすぎるのかもしれないけど…) 後半の見所は何と言ってもゴブリンが開発した対燈台鬼用の人工ロボイドとの戦いです。海洋油田プラントでバトルが繰り広げられるのと、ライバル機らしく黒色なのがポイント高い。 クライマックスが少々駆け足かつビターなのは好みが分かれそうですが、これでもかと言わんばかりのロボットものの魅力がたっぷり詰まっています。 ロボアニメ好きな人に感想聞いてみたい作品です!