アッコちゃんは世界一
今に疲弊した人へ送られるエール #1巻応援
アッコちゃんは世界一 鳥トマト
兎来栄寿
兎来栄寿
『幻滅カメラ』の1,2巻と同時発売となった、鳥トマトさんの短編集です。 「アッコちゃんは世界一」 「三田君は大丈夫」 「マイお兄ちゃん」 の3つの短編が収録されています。 表題作の「アッコちゃんは世界一」から、とにもかくにも最高なので百聞は一見に如かずでまず読んでみて欲しいです。 https://x.com/tori_the_tomato/status/1788949089192923568?s=46&t=S5wm4E-TmT39NBg4BgQsPA 今この瞬間も、現実世界では元々とても素敵であったはずの人がさまざまな理由でその輝きを失わされるということが起きているのでしょう。そうなった時に、物語の中では救いの手が差し伸べられますが現実にはその手となるものは自分自身しかないのではないか。そんな感想を抱く人には、まさに3作品目の「マイお兄ちゃん」が刺さることでしょう。 解像度の高い、現代社会で人間を壊す力を持つストレスの元凶たち。そういったものたちから自分を守れるのは究極的に自分だけで、大切な自分を守ることを諦めたり忘れてしまったりしている人に力を与えてくれる物語となっています。 「三田君は大丈夫」は、東大生の本郷くんとKO生の三田くんがそれぞれ会長と副会長をこなす国際交流サークルのお話です。本郷くんにコンプレックスを持つ三田くんが、自尊心を保つために本郷くんにはできない女の子と遊びまくるという行為に直走っていきます。 言うまでもなく本郷は東大の、三田は慶應のキャンパスがある土地の名前で、ヒロインのキラキラした白金さんや芋な千駄木さんさんも土地のイメージから来ているのでしょう。 こちらも「東京最低最悪最高!」の鳥トマトさんだなぁというのを強く感じさせてくれる作品で、競争社会の歪みが生む空虚さや絶望感が何とも名状し難い読み味をもたらしてくれます。三田くんだけならまだしも、最後の方の千駄木さんのセリフが実にリアリスティックで無情感を呈しているところが好きです。 この作品の並びも絶妙で、「マイお兄ちゃん」で締められることによって全体的な読後感としては非常にスッキリしたものになっています。 いろんなものに負けずに大切なあなたの人生を生きて欲しいという祈りの込められた、素敵な短編集です。
幻滅カメラ
汚泥のような現代を切り裂く刹那の光 #1巻応援 #完結応援
幻滅カメラ 鳥トマト
兎来栄寿
兎来栄寿
「東京最低最悪最高!」の流れを色濃く受け継いで、現代を鋭利に刳り取ってみせる鳥トマトさんの新作が1・2巻同時発売となりました。同時発売の『アッコちゃんは世界一』とあわせて3冊同時発売ですが、全部オススメです。 主人公のジゲン(27)は売れないカメラマン。その姉・姫子は、新興宗教の教祖と仮面結婚をして莫大な財力を手に入れ、学生時代からの関係がある社長令嬢でビッチのアメリと恋仲。ジゲンが好きな5つ年上の男性・山田は、アメリと不倫する仲で奥さんとの離婚を画策中と1話目で提示される人間関係からドロドロの泥沼の様相を呈してきます。 そして、それだけでも成立しそうな人間ドラマにひとつまみ盛り込まれるファンタジーが、タイトルにもなっている「性欲を消すカメラ」の存在です。人間の根源を司る三大欲求のひとつを消し去ると、何が起こるのか。さまざまなシチュエーションの人間たちが、どこからどこまで性欲を原動力に駆動しているのかということを目の当たりにできるという意味でも非常に面白い作品です。 お金が無さすぎて資本主義の犬になるしかないジゲンは、生活のために姉や社会から多種多様なことを強いられます。マッチングアプリやブラック企業、メン地下や新興宗教、モラ男や家父長制など現代の象徴的なシーンを巡っていく中でさまざまな人間と関わっていきますが、「普通」とか「まとも」と呼ばれるような生き方をしている人がメインにはほぼ出てきません。 しかしながら、深い中身を見ようとしなければ、皆普通に生きているように見えるであろうという絶妙な状態の描き方が最高な作品です。あたかもカメラを通して切り取った一瞬が、現実よりも美しく見えるように。みんなみんな生きているんだ、友達ではないけれど。 ジゲンの恋愛に関するトラウマであったり、姫子やアメリの現在に至るまでの諸事情などが徐々に明かされていく構成、その上で描かれる主軸の人間ドラマも良いです。個人的には、1巻終盤のドライヴ感全開のセリフと展開が好きです。呪詛返しして強く生きていく力と魂を常に持っていきたいものです。 鳥トマトさんの絵柄とお話の相性も絶妙で、デフォルメが強いところとシリアス時のギャップがまた演出として強い効果を発揮しています。表情の描き方などもすごくいい瞬間があるんですよね。 唾棄したくなるような現実、人間、事象を描きながらも、読んでいると不思議とエネルギーをもらえる紛うことなき現代文学です。
俺のリスク
自縄自縛おじさん×自由奔放JK #1巻応援
俺のリスク イシイ渡 鳥トマト
兎来栄寿
兎来栄寿
「東京最低最悪最高!」「おちてよ、ケンさん」の新鋭・鳥トマトさん原作、『とりま、風呂いかね?』『水族カンパニー!』のイシイ渡さん作画で綴られるホームコメディです。 東大数学科院卒で生命保険会社に勤める吉住寛治(40)。 社内恋愛はリスク。 国内旅行も交通事故リスク。 一番のリスクは長生きする家族。 と、あらゆるリスクヘッジをして独身で安定した生活を送る日々。 そんな彼の初恋の相手だったのが、寛治とは対照的で自由闊達な唐草マリア。そのマリアの突然の訃報により、寛治はマリアの娘である璃透(りすく)と出逢って彼女と暮らしていくことになります。 寛治は公認会計士などと同レベルに資格取得が難しいとされるアクチュアリーであり優秀で仕事ができますが、一方で働いてお金を稼いでそのお金でエネルギーを摂取してまた働く、毎日帰ってお風呂に入って寝るだけという生活をどれくらい続けるのだろうという疑問も内心もたげていました。マリアの血を色濃く受け継いで自分の自由意志に忠実に生きる璃透の存在が、そんな寛治の日常を大きく変えていく化学反応が見どころです。 "Risk is Opportunity(危険は可能性)" というマリアの言葉は、人生を生きる上で大事な言葉だと思います。人間の心理は安定を求めてしまいがちですが変化こそが世界の条理であり、変わり続ける環境に適応して成長・進化していくことこそが生きていくことに繋がり、また自分のみならず周囲の幸せにも続く道へと繋がっていきます。 また、このコマを始めとしてイシイ渡さんの絵も大変良いです。シンプルにマリアや璃透がかわいくて魅力的なのはもちろん、絵と物語というそれぞれの歯車がガッシリと噛み合って相乗効果を生み出しているのを感じられます。 3話のオートコーヒーブレイクマシーンの件などギャグシーンも面白ければ、大輪廻バックブリーカー教編における新興宗教団体の解像度の高さは鳥トマトさんの持ち味がよく出ていると感じられます。笑える部分、考えさせられる部分、沁みる部分の配合が絶妙です。 稲村ヶ崎の断崖絶壁の住居、住みたくはないですが毎朝絶景を眺めながらしっかりと淹れた美味しいコーヒーを飲むのはちょっと良いなと思います。 また、『俺のリスク』執筆前に描かれたという外伝的短編「マリアゲーム」が単体でもあまりにも最高なので、ぜひ読んで欲しいです。特に百合がお好きな方には。