岩泉舞作品集 ミレンさんの壺

岩泉舞さんの完全新作単行本! #1巻応援

岩泉舞作品集 ミレンさんの壺 岩泉舞
兎来栄寿
兎来栄寿

2021年5月、岩泉舞さんの29年ぶりの単行本『 岩泉舞作品集 MY LITTLE PLANET』が発売されました。 その初報を聞いたときの私の驚きと喜び、そして各作品についてのあれやこれやは以下のクチコミをご参照ください。 https://manba.co.jp/topics/59116 新作「MY LITTLE PLANET」を読んだとき、私は岩泉舞さんにはずっと描き手でい続けて欲しいと思いました。四半世紀のブランクがある方が、普通はここまで描けないと思います。岩泉さんは世界を創造することで人々に幸せを与えられる稀有な能力を持っている方です。 そしてその後、2022年に『eBigComic4』で初の連載であるこの『ミレンさんの壺』が始まりました。それまではずっと長くても3回の連作短編でしたが、令和の時代になって遂に岩泉舞さんの連載を読める。そんな嬉しいことはありませんでした。 『ミレンさんの壺』は、現世に未練を持った魂の浄化を務めとする壺師の少女ミレンと彼女に付き従う新米のふたりがさまざまな浮かばれない魂と触れ合いその未練を断ち切っていく物語です。 岩本舞さんの作品に共通する魅力は、スパッと割り切れない複雑な感情が絡み合って構成されているが故にえも言われぬ切なさや心に残る味わいを残してくれるところですが、もうこの設定からそれらを十分に予感させてくれるものです。 岩泉舞さん自身の経験を元に作られたという書けなくなってしまった作家の話であったり、食うには困らなかったが最後まで孤独に生きた噺家の話であったり、短い物語の中で人生が息づいています。自分は果たして今この瞬間に死んだとしたら何が一番強い未練として残るだろう。そんなことを考えさせられました。 同時収録の読切「ロボットを捨てに行く」もまた、岩泉舞さんの持ち味が出ている秀作です。星やプラネタリウムという美しいモチーフを用いながら描かれる、綺麗で儚い物語。短い中で心の襞を包み込んでくるような作品です。率直に言って大好きです。 また、「MY LITTLE PLANET」の時点でも解っていたことですが、絵柄が現代的になってまったく古びておらずかわいくて魅力的です。私はあまり幼女系キャラには靡かない方なのですが、夜悧代アリスちゃんは推せます。 改めて読み通して、やっぱり岩泉舞さん好きだなぁという想いを強めました。往年のファンの方も、まったく知らないという方も、この機会に触れてみてください。

十五野球少年漂流記

新たなる遺志を継ぐ、高校野球物語 #1巻応援

十五野球少年漂流記 白井三二朗
兎来栄寿
兎来栄寿

『カノジョは絶対、ボクのこと好きなはず』や『Dear Monkey 西遊記』の白井三二朗さんが描く、新たな野球ストーリーです。 白井三二朗さんといえばどちらかというとかわいい女の子を描くイメージが強かったのですが、2021年に読切「邪神打線」を描いていることもあり野球マンガを描きたい想いが強くあったのかもしれません。 タイトルだけ見ると「15人の野球少年が異世界転生して野球するのかな?」と思う方もいるかもしれませんが、純粋な野球マンガです。ただ、近年また新しい野球マンガがたくさん登場していますが、本作も切り口は独特なものとなっています。 30年以上の高校野球監督歴の中で3校通算22回も甲子園に出場し全国制覇も成し遂げた名将・大倉祐一。そんな大倉が率いる名門校・東王を、かつて公立校として追い詰めた県立大江山高校のピッチャーであった若林耕一郎。 そのふたりが、100年女子校として続いてきた博愛学舎が共学化するに際して新設される野球部で全国制覇を目指していきます。 そこまでは良いのですが、新チームを発足しようとした矢先に大倉のガンが再発して帰らぬ人となってしまいます。「大倉さんがいるなら新設の野球部でも」と入学しようとしてくれていた新入生も、半分以下になり残されたのはたった14名。 若林はそれでも残ってくれた者たちを大倉が残した50年分ノートを元に指導していこうとするも、肝心の中身の字のクセが強すぎて解読が困難であるという問題がありました。 そこに断片的に描かれた「部員全員がマウンドに立てることを目指す」という新たな野球の構想の実現に向け、チームをマネジメントしていくこととなります。 ピッチャーが野球において特に大切であるというのは、多くの人が納得するところでしょう。だからと言って全員を大谷翔平選手とまではいかなくとも投げて打てる選手にするというのはなかなか大胆な発想で面白いです。なぜ名将がそんな発想に至ったのかを読み解いていく、ある種のミステリ的な楽しみもあります。 野球マンガですが、監督側の苦悩も多く描かれており、硬式と軟式出身者の確執、陸上しかやってこなかった者や性格に難がある者など一筋縄ではいかないチームをまとめていかねばならない難しさが描かれています。 指導者側のキャラクターとしては、かわいい見た目でありながらセパタクローとスカッシュで日本代表を務め女子ラグビーを全国優勝に導いた責任教師・吉島苺もいい味を出しています。メンターとしての有能さと、プライベートの抜け感のバランスが良いです。 グラウンドを見たときの感想であったり、セルフマネジメントのシーンであったり、エピソードでそれぞれのキャラクターを描いていくのが上手いので14人それぞれの掘り下げが深まったらこのチームをとても好きになれそうです。 偉大な先人の遺志を受け継いでそれが大成するのかどうかという視点のウェイトもあり、従来の野球マンガとはまた違った部分で楽しめる新たな高校野球譚です。

エルピーと推しの生活

推し活、してますか #1巻応援

エルピーと推しの生活 えるたま
兎来栄寿
兎来栄寿

webとはいえ『ちゃお』系列でこの作品が連載されている日本の未来は明るいなと思います。 学業と弁当工場でのバイトをこなしながら推し活に邁進する21歳の女子大生エルピー。 エルピーと地元が同じで中学時代の同級生でありエルピーによって沼に引きずりこまれたプ〜コ。 オタク歴の長い古参で経験豊富なチョキ単推しの年上お姉さんペチねえ。 彼女たち3人が「ジャンケンボーイズ」(通称:ジャンボ)を推して推して推しまくる日々の様子がコミカルに、しかしリアルに描かれる作品です。 絵はかわいくデフォルメが強くて小学校低学年くらいでも親しみやすそうな感じですが、彼女たちの繰り広げる推し活模様は″ガチ″です。 トレカやコースターの交換 ぬい ライブ前の物販 現場でのマナー 店舗別特典 リリイベ お渡し会 コラボカフェ 誕生祭 自作グッズやケーキ カラオケや上映会 などなど、推し活経験者ならいろいろな感情を持って″理解る″であろう様子が描かれていきます。 とりわけすごいなと思ったのが、大阪遠征編です。ヤコバ(夜行バス)での移動はまだしも、某地区の安宿の様子まで克明に描いているのはびっくりでした。繰り返しますが、『ちゃお』系列作品なんですよこれ。『ちゃお』系列で西◯が描かれることあります?  「2段ベッドとかたたみの部屋はあいてるし安い!!」 で笑ってしまいました。ちょうど、私も最近泊まったところですが、昔と比べると治安もだいぶ改善して宿も星野リゾートが進出するなど綺麗なところも増えたので女性ふたりで行ってもまあ大丈夫かなと思えるようにはなってきましたが。でも、そういう経験がまた思い出に残るんですよね。 何しろ、推しを推すことによって人生が充実してエネルギーに満ち溢れるのは素晴らしいことです。推しを推している人であれは、ジャンルを超えて共感が吹き荒れるであろう作品です。

えをかくふたり

祈りに似た絵という言語 #1巻応援

えをかくふたり 中村一般
兎来栄寿
兎来栄寿

こういう作品が、とてもとても大切だと思います。 『ゆうれい犬と街散歩』の中村一般さんの新作です。 ″ふたりにとって、「絵」は言語だった″ という印象的で秀逸なモノローグから幕を開けるこの物語は、25歳のイラストレーター花海修(はなみおさむ)が主人公。AI人型ロボットがデータ収集目的でひとり暮らしのモニターを募集していたところに修が応募して見事当選したことで「DLHC2030」、通称ハルと共に暮らしていく日々の様子を描いていきます。 元々イラストレーターとして活躍されていた筆者自身の経験がふんだんに込められているようで、現代におけるイラストレーターの仕事描写の解像度が高いです。本の装画の仕事では、帯やバーコードの位置を意識して絵を考えるなど言われてみればなるほどと思うような仕事のディティールの妙があります。装画仕事の進め方やリモート会議の様子など非常にリアルです そうした仕事マンガとしての興味深さもありながら、この作品の何よりの美点は創作者として生活している修の感性の豊さです。 2話の「夕陽はメッチャ動物的」の件なども良いですが、とりわけ1巻の最後に収録された5話が最高です。 ″俺の経験上、「絵を描くという行為」そのものは、  祈りに近いような気がしていて″ のパートは、読んでいてしみじみとする素晴らしい言語化がされているなと思います。絵のみならず、他の創作や多くのことに通ずる真理でしょう。 かつて神保町の高岡書店の店長が閉店時に「マンガがあれば、僕らはまたどこかで繋がれます」と語ってくださいましたが、マンガという言語で世界や人と繋がっている私にはとても沁みました。 ″いつから絵を描くことは  資本主義の競争に勝つための  武器になっちまったんじゃ〜!″ ″そういうことを忘れない人間でいたい  彼らにきちんと祈れる人間でありたい″ という修の語る言葉は、今の時代において極めて重要なテーゼです。一番大事なことを常に忘れずに、見失わずに生きていたいと思わせてくれます。 そして、イラストレーターということもあって決めのシーンの一枚絵から生み出される情緒がまた堪らず、湧き起こる感情を繊細かつ雄弁に補強します。 何気ない風景の1コマにも魅力が宿っており、読んだ後は心に風を通したように軽やかにしてくれる作品です。