『水は海に向かって流れる』 田島列島インタビュー

写真 杉山亜希子(ゆかい)
 
講談社「別冊少年マガジン」で『水は海に向かって流れる』を連載中の田島列島さんのインタビューです。
 
田島列島さんといえば、2014年の初長編『子供はわかってあげない』(上下巻 / 講談社)一発でマンガファンの心を鷲掴みにしました。
水泳部の女の子と書道部の男の子が絶妙な体温でやりとりする青春ストーリーでありながら、父親探しに新興宗教や超能力まで絡むという、荒唐無稽かつ甘酸っぱいという見事なバランスを持った作品。初の単行本にして、いきなり「このマンガがすごい! 2015」のオトコ編第3位になるなど様々なマンガ賞にずらーっとランクイン! も納得の素晴らしい作品でした。
 
が、しかし、寡作。めちゃくちゃに寡作。
 
子供はわかってあげない』以降、ほぼ完全に沈黙。短編すら発表されずに、ファンたちの喉がカッラカラになっておりました。あれから4年。突然「別冊少年マガジン」に1本の読み切りが掲載され、その後半年待って、ついに始まったのがこの連載なんです。
 
(『水は海に向かって流れる』©︎田島列島/講談社)
 
 
5月には、めでたく単行本第一巻が発売されました。その瞬間にわたしの観測範囲のマンガファンたちから嬉しい悲鳴があがりました。すごい、おもしろい、さすが! と。その中で多くの人が「いますぐ続きを読ませてくれ!」と叫んでいて、あれ? そんな作風だっけ?と思いつつ、わたしも読んでみたらまんまと「おおおおい! いますぐ2巻出して!!」と叫んでましたわ。
この後の展開が気になって気になって、気づいたら取材を申し込んでおりました。
 
内容をスーパーざっくり書きますと、高校進学で家を出て叔父さんの家に居候することになった直達(なおたつ)くん。しかし、最寄り駅に迎えに来たのは見知らぬ女性の榊さん。しかもこの叔父さんの家というのがシェアハウスになっていて、女装の占い師やら、留守がちな大学教授とか、ひとくせある人たちばかり。叔父さんも親戚にないしょでマンガ家に転職していて……。
って書いててもさっぱり伝わらないので、やっぱり無料公開されている第1話を読んでもらえると吉です。
 
前作は青年誌「モーニング」(講談社)での連載でしたが、今回は「別冊少年マガジン」(講談社)という少年誌での連載! しかし田島節は絶好調なので、もちろん大人のみなさんにも読んでいただきたい(というかこれ子供読んでるのかな??)という内容になっております。
 
とにかく、マンガファンが待ちに待った田島列島先生新連載、ってことで、インタビューどうぞ。モーニング時代からの担当編集者 週刊少年マガジン編集部の篠原健一郎さん(※所属はインタビュー当時。現在はモーニング編集部に復帰)にも同席していただき、思いっきり話に加わっていただきました。
 
──勢いあまって取材を申し込んだわけなのですが、1巻出てすぐインタビューって無粋ですよね。今後の展開聞いてもしょうがないし、、、、しかし聞きたいことが山盛りでして。
 
田島 はい。
 
──まず、今回のお話ってすごく複雑な構成だと思うんですね。どうしたら、こんな話が作れるんだろう? と。前作の『子供はわかってあげない』の時は、ネームを全部描ききってから連載スタートしたというかなり常識はずれの描き方だったとなにかのインタビューで読みました。今回もやはりネームが最後までできてたりするってことなんでしょうか?
 
田島 えーと普通に……1話ができたら(編集者に)見せて、2話目ができたら見せて、2話目が一回ボツになったりして。
 
──え! じゃあ前作とまったく違う作り方なんですか?
 
田島 そうですね。
 
──てっきりこの複雑さ、またネームを作りきって描いたのではと勝手に思い込んでいました……しかし1話ごとに描いているとなると、あらためていろいろと疑問があるのですが、例えば第1話で、主人公の高校生直達くんを、榊さんという女性がたまたま迎えにきますね。この時、榊さんの表情や振る舞いは、後々わかってくる彼と彼女の関係性を知ると非常にこうグッとくるものなわけですけど、これは複雑なプロットができてないと難しい表現だなと思ったんです。
 
篠原 実はこの1話目って、ネームの段階では少し違ったんですよ。今おっしゃった関係性が丸々抜けたネームだったんです。
 
──おお……!
 
篠原 おじさんのかわりに榊さんが迎えに来るのは一緒なんですけど、その関係性がはっきりしないネームだったんですよね。ただ、その榊さんと直達くんの様子が、これは続きを読んでみたいなと思うものだったので書いてもらったんです。
 

冒頭の3ページ。この表情、テンポ。マンガ史に残るオープニングだと個人的には思う。特に最後のコマの榊さんの(無)表情。マンガを読み進めてから、ここに戻るとかなりエモーショナルなコマだなと思う。 (『水は海に向かって流れる』©︎田島列島/講談社)
 
 
──まだ関係性が生まれてなかったんですか?
 
田島 最初「グルメマンガ」って言ってネームを渡したんですよ。
 
──え、グルメマンガを描こうとしてたってことですか?
 
篠原 1話目でポトラッチ丼が出てきますよね。
 
──はい、文化人類学でおなじみのポトラッチにヒントを得た、ムダに大盤振る舞いのドンブリ飯ですね。
 

表情もセリフも完璧なシーン。 (『水は海に向かって流れる』©︎田島列島/講談社)
 
 
篠原 で、2話目でもなんか料理しますとか言って。それで2話目のネームが出来てきて読んだら、二人の関係性は全然進まずに、家にニラがあったから卵を買いに言ってニラ玉を作りましたっていう話だったんですよね。これは困ったぞと。
 
──しかもニラ玉って、普通にもほどがありますね。

田島 笑。はい。それで、ちょっとグルメマンガっていうのは難しいんじゃないですかねえという話に。

篠原 高校進学の話なのに学校行ったりもしないし、動かないんで、なんかとにかく状況進むような感じで書いて欲しいと話したら、2話目もできたんですけど、まだその二人の間の因縁は生まれてないんですよ。

田島 で、出てくる人、出てくる人、なにかしらありそうなんで、このままなにかつかめるまで描いてみますか、っていう話をされて。

──そういう進め方なんですね。まだ作者も登場人物をわかっていないけれど、なにかがあるというような。

篠原 そこから多少時間があいて、3話目のネームができたというので見せてもらったんです。そしたらいま世に出てるのと同じ関係性が出てきていて、それに付随して1話目と2話目が少し修正されてるんですよ。そしてその少しの修正だけで、全体がそう見える。

──……すごいつくり方。
 
田島 最初のネームでは、榊さんの不機嫌な雰囲気とか、なぜ不機嫌だったのかわからなかったんだけど、それがわかるようになったんですよ。それだけで1、2、3話がいっきにできた瞬間があって。
 
──作ったというか、気づいた、という感じなんですかね?
 
篠原 僕としてはそれを読んだ瞬間に「これはいける!」と思って別冊少年マガジンの班長(編集長)に提案したんですよ。そしたら、ものの30分くらいで「面白かった」って返事がきて。
 
──しびれる展開ですね。
 
篠原 その班長から「参考までに聞きたいんだけど、どういうふうにしたらこういうマンガって始まるの?」って聞かれて経緯を話したら「……そんな立ち上げ方があるのか……」と驚いてました。普通は、もうちょっと1話目に入る前にすったもんだして、1話目の一稿目ができてからも話を揉んで始めるので。
 
──ですよねえ。しかし、これは、田島さんの頭の中には、はじめからそういう関係がなんとなくあったんですか?
 
田島 うーん、ぜんぜん知らなかったですね。
 
──知らない……作ってないというより、知らなかったって感じなんですねえ。
 
田島 1話目2話目までは、本当にふたりの間になにがあるのかわかってなくて、3話目を描く時に、いまの状態はお話をひっぱっていく力がないなとは思っていて、ふたりの間に秘密があるのかなと考えていたら、駅の階段を昇っている時に「わかった」んですね。思いついたというよりも「わかった」んですね。
 
──わかったというのは、えーと、「そうか、あのふたりそういう関係なのか!」みたいなことですか?
 
田島 はい。
 
──「だからあんな感じなのか!」とわかったと。もうキャラクターは生きて動いていて、その理由に作者が後から気づくという。
 
篠原 だからそれ以前をちょっと直すだけで成立するんでしょうね。
 
田島 お話はキャラクターが持ってくるっていう感じですよね。
 
──すごい……しかしそうしたストーリーの細部がが決まってない段階で、あのふたりのキャラクターを造形して登場させているわけですよね。どこまでなにが決まっていたんですか?
 
田島 ああ……それはですね、前作はモーニングに描いていたんですけど、篠原さんがマガジンに異動になって。マガジンでなんかやるとしたらラブコメだなと私が勝手に思ったんです。
 
──ラブコメ!? それであの二人が登場したと。
 
田島 そうです。少年誌だから、主人公は少年で、あと読者の方からのお手紙に「田島列島に住みたい」って書いてあったんですよ。だからシェアハウスものだなって。ははははは。
 
──えー。
 
田島 それで、男の子主人公で、シェアハウスもので、ラブコメだったら、年上お姉さんっていう、そういうお話の定番として。
 
──『めぞん一刻』みたいな……? ということは、田島さん的にはこれをスタンダードなものを描こうとしたってことなんですか。
 
田島 はい。
 
──スタンダード……だったのか……。

前作は長い短編だった

──前作とはぜんぜん違う、1話ごとに作っていくというスタイルをとったのはなぜなんですか?
 
田島 一番大きいのはお金の問題ですね。
 
──お金の……?
 
田島 お金が全然なかったんですよ。前作の時はネームを全部やる余裕があったんですよね。というかあのネームがすごく早くできただけなんですけど。今回はもう1話から3話のネームを作るまでに5ヶ月くらいかかっちゃって、もう全然お金がないので、1話分のお金を貰えるんなら貰いたいと、そういう理由ですね。
 
──そりゃまた世知辛いというか、なんというか、意外な。では、やり方を変えようとしたわけじゃなく、やむにやまれずだったんですね。ネームはできてないまでも、物語の行く末というのは見えているんですか?
 
田島 うーん、いちおう……ぼやーんと。「こういうシーンがあるなぁ」とは思ってるんですけど、ちゃんとそこにたどり着けるかはわからないという状態です。
 
──結構、複雑な人間関係というか、入り組んでますよね。これがこの先、ほぐれていく道筋というのはあたまの中にあるのでしょうか?
 
田島 ないですね。
 
──前作のつくり方が衝撃的だったので今の作っていき方が意外に感じますが、考えて見れば普通になったってことでもありますよね?
 
篠原 前作はすごく長い読み切りを描いたみたいなところがあって。
 
──ああ……確かにすべてネームを上げてから描くというのは短編のつくり方ですね。
 
田島 2ヶ月くらいでネームが全部できて、すぐ連載決まって、そこから2冊分の300数十ページの原稿を、延々ひとりで机に向かって描くという感じだったので。
 
──それはつらそう……ある意味「作業」が延々続くという感じになりますよね?
 
田島 そうなんです。毎日同じことの繰り返しを延々。
 
篠原 途中で明らかに疲弊している時期がありました。一回だけ間に合わなくて休載して。傍目にも疲れている感じでした。
 
──長期戦ではあったけれど、いわゆる「連載」の作業とは違っていたと。
 
田島 だから『水は~』を始めるまで、まだ「連載」というものを経験したことがなかったんです。

篠原 かつては連載用のネームを……ということでやりとりしたこともあったんですけど、その時はうまくいかなかったので。

──過去には密な打ち合わせをしていたんですか?

篠原 10年以上前、担当になったばかりの頃は1話1話毎週打ち合わせみたいなことをしていたんですけど、当時の編集長にボツを食らったり、話が続かなかったり、どうもうまくいかなくて、音信不通の時期もあって。それから読み切りがババッとできた時期があって。

──音信不通!!
 
篠原 電話しても繋がらないから手紙書いたんですよ。そしたら返事が手紙できて、何月くらいにまた連絡します、と。でも普通はそんなの連絡来ないじゃないですか? でも来たんで、あ、この人なりのペースがあるんだなと。
 
──お金の話、もうちょっと聞いてもいいですか? 単行本が発売されてあちこちで評判になったわけですが。
 
篠原 はい。望外の評判を得ることができました。そして評判になったことで、思ったよりもお金がもらえた。
 
田島 そうですね。
 
篠原 それまで、すっごい家賃安いところに住んでたんですけど、このままそこに住んでいるとお金が長いこと減っていかないから、普通の家賃の部屋に引っ越したんですよね。
 
──それはつまり、お金のなくなるペースを速めて仕事させるために!? マンガの編集ってそんなことまで考えるんですか。
 
篠原 元々は「なんとか荘」みたいな感じのところに住んでて。
 
田島 水道代込みで4万5千円の部屋に住んでたんですよ。
 
篠原 東京の家賃の底値って感じですよね。駅から徒歩15分で。
 
田島 そこから普通の部屋に。
 
篠原 引っ越したところも高いわけじゃないので、定収入があればそんなに家賃は重圧じゃないはずなんですけど、マンガを描けてなかったので。
 
──でもなにかはしてるわけですよね、マンガの。
 
田島 一応お話は作ろうとはしてたわけですよね。でも、なんだろ……あの頃うまくいかなかったのはやっぱり大殺界のせいだとしか思えない。
 
──大殺界! 細木数子先生ですか……。

篠原 それまでもいろんなプロットを持ってきてくれたりしたんだけど、うまく動かなくて。

田島 いちばん最初にキャラクターを考えなくちゃいけなかったのかもしれないですね。

篠原 とはいえキャラクターから考えようっていって簡単に生み出せるものでもないですもんね。

田島 そうですね。

──動き出してよかった……。

田島 運がいいだけみたいな気がします。
 
篠原 ずっと悩んでた時間がなにか生み出したんでしょうね。
 
──これだけ前作から時間が空いたのはなにかコレということがあったわけではなく?
 
田島 うーん……まあ、大殺界と厄年が被ってる3年だったっていう。
 
篠原 細木数子さんの本でいうところの大殺界って3年間で、それがおわったから描けると思います、って言ってて、終わってみたら実際描けたという。いい感じに大殺界のせいにできましたね。
 
──前作の『子供はわかってあげない』がとても高く評価されましたけど、そのことについてはどう思われました?
 
田島 通じたんだなっていうか、人にわかってもらえた? わりとたくさんの人に受け入れてもらえたんだな、と。
 
──それが意外でもあった? 多くの人に受け入れられたことで今回の作品になにか変化はありましたか?
 
田島 うーん、プレッシャーに弱いので、あんまり考えないようにしたというか。誰かも言ってたけど、セカンドアルバム症候群でしたっけ? 
 
篠原 『子供はわかってあげない』は、連載終わってから上下巻一発で出したので、描き終わったあといっぺんに反応が来たんですよ。すごいよかったですよ! って終わった後に絶賛されて、次回作どんなのですか? ってすごい期待をされてる感じを直接受け取りまくっちゃったのがプレッシャーになったのかもしれません。
 
──あー。連載中に受け取る絶賛とはまた違いそうですね。
 
篠原 期待に応えないといけない気がして描きにくくなってるって田島さんも言ってましたもんね。まあ、それも時間がたつとだんだん……。
 
──それを消化していった三年間でもあったと。
 
田島 そうですね。

美大に入って、話を作ることはできるけど、人を使うことはできないと気づいた

 
 
──田島さんご自身についてもいくつか質問があります。「子供の頃読んでいたのは『ちびまる子ちゃん』」というのをインタビューで読みましたが、自分がマンガを描くようになってから気づいた、影響を受けた作家はいますか?

田島 高野文子さんは強かったですね。特に投稿してデビューした作品には、そうした影響が反映していたかもしれません。だから、そのあとはずっと見ないようにしてました。

篠原 新人賞の授賞式の時にみんなに「田島さんの作品で高野文子さんを思い出した。高野文子さん、好きでしょ、やっぱり」みたいなことを言われて封印したんですよね。でももう封印はといて読んでるんでしたっけ?

田島 ときましたね。『ドミトリーともきんす』で。
 
──重力圏から脱して、読めるようになったと。ところで美大の映像学科に通われていたということですが、それはつまり元々は映像を志していたっていうことですか?
 
田島 そうですね。高校生が考えることですよ。北野武の映画を見て「やろう!」っていう。
 
──じゃあ、映像っていうより映画ってことですか? 映画をやるための映像学科って実は結構少ないですよね。どこか聞いてもよいですか。
 
田島 多摩美の映像演劇学科です。
 
──あの、今はなき映像演劇!
 
田島 なくなっちゃいました。映像も演劇も写真もやる人もいて面白かったんですけど。
 
──演劇だと「快快」とかの出身学科ですね。
 
田島 はい、同じ時期の上の学年にいましたね。
 
──物語全般に興味があった?
 
田島 そうですね。物語がやりたくて行ったんですよね。
 
──でも映画の方にはすすまなかったんですね。
 
田島 学校に入ってみて、自分が話を作ることはできても、人を使うことできないことに気がついたというか。
 
──映画は、人を使う仕事ですものね。
 
篠原 その点、マンガは自分一人でもできますもんね。
 
──映像演劇学科にいった影響というのはあるんですか?
 
田島 ありますね。あそこに行ってなければ出会えなかった映画もたくさんありますし、卒制は舞台をやって、よかったって思ってます。
 
──大学の時は、演劇的なこともやってたんですか?
 
田島 そうですね。一年生の時は強制的に誰かと組まされて演劇やったり映像も作ったり。2年生からはわりと自由にできるんですけど、人の舞台手伝って、アニメを作って。3年生のときは4コママンガを描いて、アニメを作って。4年生では舞台をやってましたね。
 
──どんな舞台だったのでしょう?
 
田島 ちょっと変わった舞台で、メンバーは、写真の子と、舞台に出る子たちと、衣装をやる子と私の5人でやったんですよ。写真をやる子が舞台上に大きなカメラオブスキュラを作って、紗幕で中の人を見せるっていう。わたしはチャリンコフリッカーっていうのを作りました。チャリンコをフリッカーにしたもので。
 
──えーと、つまり自転車の車輪部分とかをフリッカーに見立てて?
 
田島 フィルムに一個づつ描いたものを、穴開けて、貼っつけて、アニメを見せるっていうのと、オリジナルのラジオ体操みたいなのを作って、ふりつけは友達がやったんですけど、その動きに合わせて白い人を描いて、それをプロジェクターで、白いところにちゃんと人が来るようにして、やるみたいな変わった舞台をやったんです。
 
──ぜんぜん想像できないです(笑)。それが卒業制作だったんですか?
 
田島 そうです。
 
──そこからマンガってすごい展開ですね。人と一緒になにかを作るのはもう向いてないと、すでにわかっていた時期ですよね。
 
田島 そうですね。でもせっかくお金出して大学に入ったんだから、卒業制作はひとりでやるより誰かといっしょにやったほうがいいって思ったんですよね。それで舞台をやった、と。
 
──卒業したらひとりでやっていく、という決意とともに。
 
田島 そうですね。人は使えないし。
 
──卒業後は就職とかは考えなかったんですか?
 
田島 考えなかったです。する人もあんまりいなかったし(笑)。
 
──それは美大のトップシークレットですね。投稿作を描いてたのは大学在学中ですか?
 
田島 大学出て、一年くらいしてから描きました。
 
篠原 受賞作は23歳でしたっけ。それがすごいおもしろくて。最初はスピリッツに応募しようと思って描いたんですよね?
 
田島 それでマンガ描いて投稿しようとコンビニでスピリッツ開いたら新人賞のページ見つからなくて、じゃあモーニングでもいいかなって、マンガオープンの記事見つけて出したと。
 
──適当すぎる。なぜその時期に描いたんだですか?
 
田島 バイトやめてひまだったんですよ。バイトである程度お金ためて、そのころ住んでたアパートは家賃がかなり安かったので、しばらく遊んで暮らせるから、絵とか描いてたんですよね。女の子の絵を。そしたらその絵が、お話をつれてきてくれたみたいな感じになったんです。
 
──いまと同じだ……。
 
田島 お金がなくなってきて、新しくはじめたバイトが本屋で給料が安かったんですよね。それでもうちょっとお金がほしいなと思って応募作を描いたんです。
 
──ここでも金が! それで賞をとってお金が入って。
 
田島 で、受賞したタイミングでバイトをクビになって。
 
篠原 新店舗のオープニングスタッフとして入ったんですよね。で、経営が伸びずにすぐ半分くらい首を切ることになって、最終的にその店がつぶれて。
 
──なんかずっと運命に翻弄されてるというか、流れゆくところに流れていってるというか。キャラクターが物語を運んでくるのを待ったり……なんというか、為す術もない感じが。コントロールしてる感じじゃないということなんでしょうか。物語に関しても。
 
田島 うーん、でも、考えまくってますけどね。
 
篠原 今の作品の前に持ってきてくれたSFっぽい話があったんですけど、それは動きにくそうな感じがして。「水は~」の1話とは印象がぜんぜんちがって、これを続けて書くのはなかなか難しいのかなという。
 
田島 あのSFは「手を動かそう」、「手を動かさなきゃだめだ!」って思って始めたんですよ。ちゃんと資料みながら植物描いたりして、風景画描いたり。
 
──でもそれは作品になるまで至らず?
 
田島 そうです。描いてて楽しかったんですけどね。
 
──動き出さなかった?
 
田島 わかんない……もうちょっと付き合ってみればいけたかもしれないけど。まあ。
 
──「手を動かせ」って美大ではすごくしつこく言われることですよね。手を動かしていく中で、発見していくということを。そういう意味で「手を動かそう」としたんですか?
 
田島 脳みそで考えていることは、ほんとにちっぽけなことで。もう体が一番身近な自然だから、手を動かすのが一番大事ですよね。
 
──ちなみに大学の時もそう思ってました?
 
田島 いや全然……結局大学生って……アホだったっていうか。

私にもわからないのに出てくるというのは、人生のテーマとかなんじゃないですかね

 
──『水は海に向かって流れる』の話に戻らなくちゃですね。ひとつ気になっているのが「家族」について。前作に引き続き今作の話も「家族」というのが大きなテーマだと思ったのですが、そこは強く意識されているのですか?
 
田島 意識してないというか、なるべく前回とテーマが被らないようにしようと思って描いてるんですよね。でもなんか、被ってしまったみたいな。
 
──自然にしてたら出てきてしまったと。
 
田島 そうですね。
 
──それはなぜかというのはわかっているのですか?
 
田島 わからないです。私にもわからないのに出てくるというのは、つまりそこが自分が気になっているところ、人生のテーマとかなんじゃないですかね。
 
──なにかそこに引っかかるものがある。
 
田島 ですね。家族の話として始めようと思って始めたわけじゃなくて、ラブコメをやろうとして始めたんです。雑誌のアオリも「ひとつ屋根の下ラブコメ」みたいなものが入るのかなって思ってたら、「家族の物語」ってなってるのを見て驚きました。なんか真面目そうなアオリになっちゃって、少年誌でこれ大丈夫かな?って思いましたけど。
 
──ひとつ屋根の下ラブコメ! あと、家族の話と同様に、前作に引き続き登場しているのが、広義のトランスジェンダーのキャラクターですね。それも自然に出てくるものなんでしょうか。
 
(『水は海に向かって流れる』©︎田島列島/講談社)
 
 
田島 明ちゃんも泉谷くんも、どちらも描いてて楽しいキャラクターです。

篠原 他の人とはまた違う視点で喋れる人がいるのはいいですよね。

──現実世界でもハッとする発言を聞くことは多いですね。あと、性的にガツガツした人は出てこないですね。不倫してたお父さんとかも、性的なにおいはしない。

篠原 ガツガツした人って過去作にも出てきたことないと思いますね。 男性も女性も一見飄々としている人が多いですよね。

──でも、ただ飄々としているという一歩引いた態度ではないんですよね。ところどころで、踏みとどまる感じが、すごく「今」を描いてる感じがします。その匙加減がすごい。

篠原 今、ですか。

──勝手な解釈かと思いますが、タイトルの『水は海に向かって流れる』が指し示すように、登場人物がそれぞれ抱えているものが、いつか行き着くところに行くんだろうな、と感じながら読んでいるんですよね。だけど、そこにどう行き着くんだろう、というのは全然わからない。いろんな感情が行き着くべきところに流れていく中で、時々「そういうのはイヤです」と言ったりする瞬間に、とても感じ入りますし、これは現代の話なんだな、ということを強く感じます。

篠原 たしかに行き着くところにいくという感じで物語は流れていくんですけど、「こうしたい」と強めのモチベーションを持っているキャラが何人かいるので、普段は水面下に流れる彼らのモチベーションが沸点に達した時に何かを起こして、突然話を進めてくれることがあって、その感じが小気味いいというか。するーっといってるけど、ボン!とターニングポイントが突然現れるというか。この話の進み方って、現代的っていうのはわからないけれど、独特だなと思いますね。
 
──空気を読んでいたり、忖度しているとこれはもう止められないんじゃないかと思うような流れに、急に楔が打たれる感じ。あれが気持ちいいですね。
 
篠原 読んでいて、この感じが気持ちいいからずっと浸っていたいと思うような時に、実は同時にみんなの気持ちは少しずつ変わっていて、その変化がいきなり明示される瞬間がありますね。あ、そうやったんか!という発見をさせてくれる。
 
──独特だと思います。そしてその感じをいまたくさんの人が求めているような気も。
 
篠原 そういえば『子供はわかってあげない』の最後の屋上のシーンでも、あ!そうやったんか!と思いました。そやけど、言われてみたら、そらそうだよね、っていう。あれも、あそこでボンッとシーンが立つまではその感情は表にものすごく出てきてるわけじゃなくて、水面下にあって。そんなのが今回は人間関係が複雑な分、よりポコポコでてるようになっていて、読んでて、それがびっくりするから、緊張感? もそういうことに由来するんじゃないですかね。
 
──自分がとっさにとってしまった行動ではじめて自分の感情に気づく、ということがあるじゃないですか。その感じに近いものを田島作品では感じるんですよね。
って、篠原さんと感想言い合ってるだけになってきてやばい……。
 
篠原 ははは。
 
──今回、1巻が出た瞬間に僕の観測範囲ですがとてもたくさんの人が「早く続きを!」と悲鳴をあげていたんです。実際僕も悲鳴をあげました。今回、マンガを読ませる推進力みたいなみたいなことを意識されたんでしょうか?
 
田島 それは別にないですね。
 
篠原 単行本に関しては当初は1巻の区切りを7話までにしようと話していたんですよ。で、9話まできて、あ、ここやね、と思って区切りを変えたんですよね。
 
──編集的な判断で「引き」のある場所で区切ったってことですね。
 
篠原 はい。2巻の発売は7ヶ月後とかになっちゃいますし。そんなに先だと、1巻のヒキで続きを読みたいって気持ちを強く持ってもらえないと忘れちゃうだろうなっていうのがありますから。
 
──むかしと違ってリアルタイムで追っている人は少なくなってますもんね。周りでもまだまだ『子供はわかってあげない』のあの田島列島先生の新作単行本出てる! ってことに気づいていない人がいっぱいいる感じがしてます。
ところで全体の長さは決まってるんですか?
 
田島 一応「全3巻」みたいな長さが気持ちがいいんじゃないかと思ってます。前は2冊だったから、今度3冊。少しずつ飛距離を伸ばしていけたら。
 
篠原 田島さんの作品って展開がめちゃくちゃ早いので、同じ話でも短いページで進むんですが、今回は関係性も前より複雑ですし、それを解きほぐしていくのに、3巻くらいはかかりそうですね。
 
──射程距離が広い作品だな、と思っていますので、もっと広まれ〜〜〜っと念じています。少し長くなってしまったので、この辺りにしたいと思いますが、最後に読者のみなさんに何か一言いただけますか?
 
田島 私は読む人を想像しないと描けないんですが、今回は少年誌なので、姪っ子が中学生くらいになった時に読んでほしいなと思って描いてます。それがもっといろんな世代の人に届くとしたらとても嬉しいことなので、いろんな方に読んでいただけると嬉しいです。
 

記事へのコメント

かんべむさしの「ポトラッチ戦史」やら、山田芳裕の「望郷太郎」とかフィクションでポトラッチが出てくるハナシって、たいてい戦争の代替品なのにと思っていたら、冒頭の榊さんが直達にポトラッチ丼をふるまうアレは、「これからこの二人が直接殴り合わないけど、自己犠牲の大きさで争う戦争をするよ」って意味なんだね。だから二人とも自分は恋愛しない、とか言い出すんだね

登場人物が勝手に動き出すというのは、名作でよく聞く話です。
田島さんの物語に引き込まれていくのは、そういうことなんですね。
できれば、本当にできればでいいのですが、2年に1本ぐらいは読ませていただければ嬉しい限りです。
なにせ、齡61歳、先が読める年齢になってきたもので(笑)

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